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  • 2007.12.13 Thursday
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フラメンコへの道のりは長い

昨日からグラナダを訪れている友人Kと共に向かった先はサクロモンテにあるLa Chumbera(ラ・チュンベラ)というミニコンサート場。

LA CHUMBERA

友人K曰く「俺がスペインで見たいものは全てアンダルシアにある」らしく、僕がグラナダにいること、これ幸いとばかりに今回グラナダを訪れたわけだが、その見たいものというのが、アルハンブラ宮殿、フラメンコ、そして闘牛。しかし、残念ながら今の時期、闘牛は難しい。でも、アルハンブラ宮殿とフラメンコは友人Kを待っている。

とはいうものの、グラナダで生活し始めて4ヶ月で日本人は誰も行かないグラナダのサッカースタジアムには何度も行ってるくせに、恥ずかしながらフラメンコをまだ1度も見たことがない僕は、どうしようか迷い、昼間訪れたサクロモンテにある洞窟住居(これは明日以降書きます)に勤める男性スタッフに「今晩、サクロモンテであるフラメンコでお勧めのものとか知ってます?」と聞く作戦に。というのも、サクロモンテは洞窟住居とともにフラメンコでも有名なところなのだ。

とっても親切なその男性はインターネットでわざわざ調べてくれ、いくつかピックアップした中で「これは良いよ〜。演奏者も本当に良いし、ロケーションもライトアップされたアルハンブラ宮殿をバックに眺めて文句なし。しかも5ユーロ」と、太鼓判を押さんばかりに勧めてくれる。「夕飯とかついて高いのは嫌だ。フラメンコだけ見れるやつをってお願いしろよ」と、貧乏旅行者の友人Kの条件にもピッタリ。

開始は21時30分。男性スタッフからは人気だから1時間前には着くようにとのアドバイス。この時点で17時。この日は朝から散々歩き回っていたこともあり、とりあえず、一旦、僕のピソに戻ることに。その道すがら、どちらからともなく「足、痛くない?」と牽制のジャブ。「いや〜正直、疲れてるね〜」と、すかさず合いの手。ピソからサクロモンテの目的地まで歩いて約40分。

男性スタッフは太鼓判を押してくれたものの、1度も見たことがないとはいえ、友人Kにはまだ8日残されている。たとえ。今日を逃しても次はあるという逃げ道を知っている僕は「もしもだよ。ピソに着いた時点で気力がなかったら、今日のところはフラメンコは中止してマドリー・ダービー観ようや」と、フィニッシュ前のフックを放ってみる。返す刀で「異論なし」との友人Kの右ストレート。

疲れているくせに帰り道にある店を散々物色し、友人Kの大好物のケバブまで食べ、結局ピソに着いたのが19時30分。2人とも疲労を隠せないものの「でも、どうせだから行くか。あれだけ勧めてくれたしね」と、ケバブで空腹を満たし、20分ほどの休息で、少しは気力も戻った2人は、出向くことに。

とはいえ、疲れていることには変わりはないわけで、サクロモンテに向かっている時は、「もう余計な下らないギャグはなしで」だの「もしこれで5ユーロじゃなかったら、どうするよ?」「出せて8ユーロまで」「俺は出せて5ユーロ」「いや、その時点でタクシー拾って帰るね」だの、スタッフの言葉を信じてはいるものの、どこかで半信半疑な2人は散々愚痴る始末。

なんとか到着。そこからは本当にアルハンブラ宮殿が見え、しかも闇夜にライトアップされた表情は昼間とはまた違い、それだけで「いや〜やっぱり、我々の決断は間違ってなかったですな」と、ついさっきまで愚痴ってたことも忘れる見事な単純ぶり。

アルハンブラ宮殿、夜の顔 

え〜っと、またまた長くなりそうなので、続きは明日。
現在、現地時間で夜中の3時40分。明日は

スキー滑降ヨーロッパ選手権

スキーのヨーロッパ選手権を観にシエラ・ネバダ山脈に行くため8時に起きないといけないので、もう寝ます。尻切れトンボですみません。

でも、とっても親切だった男性スタッフの太鼓板は本物でしたとだけ言っておきます。


ファイト!!〜長距離走者、それぞれの闘い〜

昨年の12月、スペインの生活にも徐々に慣れ始めた頃、一通のメールが届きました。
姉からのものでした。

僕には9歳上の兄と8歳上の姉がいまして、兄は小さい頃からよく可愛がってくれて、僕が物心ついたときからずっと憧れの対象でして。

そりゃ、無理もないですよね。9歳上ということは僕が小学1年生の時には中学3年なんですから。なんだか人生の大先輩のように感じてたわけです。歳の差だけはどれだけ頑張っても埋まらない距離、ずっと僕の先をいってる感覚なんです。人当たりが良く、博識で、人に好かれる。

だから、兄の一挙手一投足が眩しく感じ、一番身近にいる手本といいましょうか。実際、人当たりが良く、博識で、人に好かれる。

やっと追いついたかなと思ったら、彼はその9年先を歩いていて、「な〜んだ。全然追いついてないじゃん」と。憧れと嫉妬は紙一重といいましょうか。高校生のときなんかは、正直、会いたくなかったですね。せっかく纏った化けの皮をあっさり剥がされるような感覚がして。

そんな兄は大学進学と同時に他県に出ていって、憧れの対象は僕の傍からいなくなりました。兄を見送りに行ったときは、恥ずかしながら泣きじゃくりましたね。優しさとかっこよさを兼ね備えたヒーローが去っていくようなそんな感じでしょうか。大袈裟かな。

そして、残ったのは姉。姉も大学に進学したわけですけど、県内でした。姉は兄とは正反対でして、物心ついたときから憎悪の対象でした。よくいう姉弟喧嘩というやつですか。毎日のように泣かされてまして。彼女と後にその頃の話をしたとき、「なんだったんだろうね。とにかくあんたが泣くのを見るのが楽しかったのかな〜」なんて呑気に言ってましたが、その泣かされてた方は、本気で殺意すら抱いてましたね。

だから、姉が大学も県内に留まると知ったときは、心底、嬉しくなかったですね。そりゃ、憎悪の対象ですから。彼女の大学の授業料を知ったときには「親に負担かけやがって」と、将来、姉以上に負担をかけるくせに、その頃の世間知らずの僕は姉を恨みに恨みました。

時は過ぎ、僕が大学進学と同時に上京することになり、姉同様に負担をかける立場になった頃、姉は既に東京で立派に自立してました。その頃にはさすがにお互い姉弟喧嘩とは無縁の関係になっており、彼女が上京する際には、不覚にも涙を流しさえもしました。偉大さを知ったんでしょうね。

そして、僕たちは既定路線のように東京で同居することになりました。同居を提案したのは姉からでした。僕も拒否する気なんてこれっぽっちもなかったですね。その頃には恨みのうの字もなかったですから。

そして、気づけば東京にいた間ずっと、同じ屋根の下で暮らしました。ある意味、一番貴重だった大学時代に。恨みしか抱いてなかった頃を埋めるかのように、最初の一年は姉とばっかり遊んでました。大学の友達がなかなかできなかったの原因はそこにあったといっても過言ではないぐらい。さすがに2年目からはそんなことも少なくなりましたけど、それでも、彼女の大好きな焼肉を食べに行き、カラオケで一晩中歌い、家で鍋を囲み、泥酔し・・・。お互いに周りからは異常だと言われてましたが、当の本人は全く気にせず。姉弟が仲良くて何が悪いと言わんばかりに。

だけど、こと大事なことはお互いに話したことはなかったでした。お互いに分かっているからこそ、言わないというか。その代わり両親にはそれぞれの近況報告も兼ねて、洗いざらい告げ口してましたけど。

僕がスペインに行きたいということは知ってましたが、時たま、「頑張れ」とか言うだけで、詳しい話はしなかったですね。なんていうんでしょう、身近にいすぎるが故に話したくない、ましてや身内となればなお更。なにより、僕自身、言うわりには行動が伴ってないことを一番分かってましたし、そのことを姉も当然、見てるわけで。

そんな姉が初めて送ってきたメール。そこには今まで聞いたことのなかった、カナダに留学した時に感じた彼女の心境や、弟に対する思いを綴ってきたわけです。独立心旺盛で、すっと一本筋の通り、滅多に僕を褒めない姉からのメール。内容は省きますが、僕のツボといいますか、そこを見事に突いて、エールを送られたら、そりゃ、やられます。スペインに来てからというもの、寂しさを感じたこともなければ、泣いたこともなかったのに、その時、初めて一抹の寂しさを感じ、また同時にやる気も漲りました。

姉も、兄同様に僕のずっと先を歩いているんだなと改めて思い知らされましたね。おそらく一生追いつけないでしょう。まあ、憧れには先を走っていてもらわないと困るわけですが。

僕のことを全て知っていて、直接言わなくても応援してくれている姉。

その姉が18日、東京マラソンに出場します。東京マラソンは今年が第一回大会。参加者数3万人、招待選手も出場する大規模なもの。勿論、姉は一般参加ですから、テレビに映ることもなければ、誰かに注目されることもない、文字どおり孤独な闘いに挑むわけです。独立心とともに好奇心も旺盛な彼女はなんにでも挑戦してきました。大抵は長続きしなかったから、飽きやすいともいえますが。

今回のフルマラソンも好奇心から。それでも、彼女はやると決まったらとことんやる。お世辞にもスポーツ向きではないけど、スポーツクラブに通い、忙しい仕事の合間を縫って走りこんでもいました。

今までマラソンというものの魅力にイマイチ、ピンときてなかったのですが、マラソン走者にはそれぞれの人生があり、それぞれがそれぞれの闘いをしながら走っている。『長距離走者の孤独』さながらに。今回ばかりは、姉が参加することもあって、ちょっとだけ見方が変わりそうです。

当日、別に何かを背負ってるわけでもないけれど、一人孤独と闘いながら新たな挑戦に挑む彼女の勇姿を拝むことができないかわりに、この場をかりてささやかながら、沿道の誰よりも気持ちのこもったエールを送ります。

「頑張れ。自分にだけは負けるなよ」

今日は長々と、しかも私的なことを書いてすみませんでした。

日本の底力〜彼らは立派な日本親善大使〜

ひょんなことこから、お互いベティス好きということで、
仲良くさせて頂いているMarcos(以下マルコス)さん。実は大の親日家。

先日、ベティスの試合をご自宅で観戦すべく、お邪魔させて頂いたのですが、そこはもう小日本。以前から、いかに日本が好きかうかがっていたのですが、実際、彼の部屋を見ると説得力十分。今日はそんなマルコスさんのコレクションのほんの一部を本人の了承を得ましたのでご紹介したいと思います。

まずは

和の心

そうです。マルコスさんは素晴らしい『和』の心を持ったスペイン人なんです。
そんな『和』の心をお持ちになってるマルコスさんの部屋には

獅子舞スペイン進出

もちろん、獅子舞もスペインの地で堂々と舞っております!見よ!この勇ましい表情(ピンボケしてますが、あしからず)。

さらに

スペインにも清洲城

清洲城も飾られているのです。織田信長もさぞ喜ばれていることでしょう。
信長さん、天下統一は志半ばでしたが、時を経て、世界統一はできているようですよ。

武将、闘将つながりで・・・

アントニオ猪木inSpain

ダーーー!!さすがのアントニオ猪木も、まさかスペインにまで彼の名が轟いているとは
露にも思っていないでしょうね。立派に日本PRに一役買っておられる。
アントニオ猪木、ロスに道場建ててる場合じゃないって。賠償美津子もびっくり。

もひとつ闘いつながりで、

バガボンドin

バガボンドにブラックジャック、漫画は世界をつなぐ共通言語。大の親日家のマルコスさん、当然サブカルもお手の物。僕なんか足元にも及びません。スペイン語でバガボンド読むなんて素敵だ。

余談ですが、同じピソの住人、前回紹介したJose(ホセ)くんは、Dr.スランプ、ドラゴンボールの作者である鳥山明氏の年齢まで事も無げに言ってのけました。安部首相の年齢は知らずともですよ。

そしてそして、極めつけは

ザッツ日本3部作

見よ!このなんとも力強い3本!『零戦燃ゆ』『沖縄決戦』『日本海大海戦』。これを見てもまだマルコスさんが親日家でないとは言わせませんよ。彼はちゃんと、日本の歴史も把握してらっしゃるのです。まさかスペインで“仲代達也”という名前を目にするとは思いもしなかったので、不覚にもビビッてたじろいでしまいました。わたくし。

かつて、日本といえば『芸者、侍、フジヤマ、腹切り」でした。未だにそう連想する外国の方はいます。現に僕も何人から聞きました。

しかし、今の時代「漫画、アニメ、TVゲーム、日本食、電化製品(自動車)」なんです。僕はこっちで「日本といえば?」の質問をした際、圧倒的にこの5つを答えられましたし、よく聞かれます。今や漫画やアニメ、TVゲームは立派な日本が世界に誇る文化であり、経済資源なのです。

冗談抜きにして、日本人として日本の漫画やアニメ等を知らないと、海外で結構、損をします。もちろん日本の政治や経済、歴史を知っていることは大前提ですが。

ということで、

日本VSスペイン

日本とスペインの友好条約は市民レベルで確実に結ばれつつあると、
そう言っておきましょう(因みに両ユニフォームともマルコスさんの私物です)。

最後にマルコスさんは日本語が大変お上手です。本人は謙遜しますが。
まさしく、『好きこそものの上手なれ』ですね。

マルコスさん、嬉しさのあまり、大々的に紹介してしまいました。
これからも仲良くしましょう。よろしくお願いします。

ピソの愉快な仲間たち〜其の弐〜

先週、我がピソの住人Pacoを紹介しましたので、今日は二人目、Jose(ホセ)をご紹介。

JoseはPacoと同様にグラナダ大学に通い、パソコン工学を専攻している、若干20歳の学生。僕が言うのもなんですが、澄んだ目をした、なかなかのイケメン(死語かな?)です。初めて会った時は、お互いあまり興味を示しませんでした。

ですが、ある時、僕がドラゴンボールの主題歌を何気なく口ずさんでいたら、それに敏感に反応したJoseが突然「YUKI!なんでその歌知ってるんだよ!?」と迫って来ました。
「いや、なんでって、子供の頃、好きだったし、日本の漫画だから。知ってるの?」
「大好き!!」と即座に答えたJoseは、一目散に部屋に戻ると、僕を部屋に呼び、ニヤニヤしながらパソコンの画面を指差しました。そこにはいるわいるわ。悟空にクリリン、べジータにJoseのお気に入りのピッコロ・・・。

さらに「まだ見せたいものがあるんだ」と言い、これ見よがしに見せたのは、なんと初期のスーパーマリオブラザーズ。ちゃんとプレーできるから驚き。エンジンがかかったのか、その後はJoseの見世物市の幕開け。次から次へとTVゲームが姿を現します。

なにより驚かされたのは、PCエンジンやメガドライブといった、僕が小学生の頃に存在していたTVゲーム機を知っていたこと。

その時確信しましたね。「あ〜Joseはゲームオタクなのかぁ」と。

そして彼は『オタク』という言葉を知っていました。「俺はオタクじゃないよ。ちょっとフリーキーではあるかもしれないけど・・・」と応えてましたから。

一度、ドラゴンボールのキャラクターの孫悟空の絵を描いたら、大喜びしてました。小学生の頃、散々、模写していた経験が初めて役立った瞬間でもありましたね。

そんなJoseくんにも苦手なことがあります。ひとつは掃除。苦手というか、嫌いといった方が適切でしょうか。ある時、皆でピソの掃除をすることになりました(と、いっても、僕が言い出さないと、皆、自発的には絶対やりませんが)。

バスルーム担当だったJoseは、ゴム手袋をし、いかにも掃除慣れしてない出で立ちで、意を決した面持ちで現場に飛び込んでいきました。

1時間が経ち、やっとJoseは手術を終えた医師の如く、やりきったといわんばかりの表情で現場から生還してきたのです。どれどれ、1時間もかけて、さぞピカピカになったことだろうと、現場を覗きましたら、洗面台は文句なしでピッカピカ。女性用洗浄器もきれいさっぱり・・・

しかし、一瞬、目を疑いました。肝心のトイレとお風呂がな〜んにも変わってないんです。そうです。彼は1時間の間、洗面台と女性用洗浄器に全身全霊を捧げていたのです。しかも、うちのピソには女性はいないので、もともとピカピカにもかかわらず。もう怒りよりも呆れ、ついには苦笑いしてしまいした。彼の一仕事終えたってな表情を見たらなおさら。

そんなJoseは毎週末Pacoと共に実家の方に帰るんですが(スペインでは当たり前のようにみんな週末には実家に帰るようです)、翌週の月曜日に頻繁におふくろの味を持ち帰ってきます。時には母親も同伴で。そして、「これはこうやって食べるのよ」「外食だけじゃだめよ」とほほえましい親子の光景を見せてくれます。

そんな光景を目にする度に、僕は学生時代、実家に帰省する度にたらふく食べ、東京に帰京する、その度に自分の荷物よりも多く持ち帰った、おふくろの味を思い出してしまうんです。

おふくろの味って、それぞれの家庭で全く違うし、特徴があるんですけど、間違いなく自分家のが、一番美味く感じるのはなぜなんでしょうね。

JoseもPacoも「僕のお母さんの料理が一番美味しい」と言いますが、
僕から言わせてもらえば「うちの母親の料理が一番美味い」わけだよ。
JoseくんPacoくん。

またも長くなったので今回はこの辺で。まだまだネタに尽きない仲間たち。
それはまたの機会に。
その前に其の参では大家さんのJose(うちのピソには2人のJoseがいます)をご紹介しないとですね。

Nranjaのある町並み

Naranja!

写真は最近、天候が良くないので、願いも込めて。Naranja(オレンジ)で。

ピソの愉快な仲間たち〜その壱〜

僕は今、大小ある4つの部屋と二つのトイレ&バスルーム、そしてキッチンを備えたピソに3人のスペイン人と暮らしています。今日はその同居人の一人、Paco(パコ)を紹介しますね。

Pacoはグラナダ大学で英語、フランス語、ドイツ語を学ぶ21歳の大学生。イングランドをこよなく愛し、将来はイングランドで働きたいという夢を持っています。そんな夢を持っているだけあって英語もかなり喋られる。会話の中で分からないスペイン語は、よく英語で意味を教えてくれたりもします。実家で飼っている犬の“グーグー”を溺愛する、とても気の優しい男。

でも、そんな彼にもひとつだけ苦手なものがあります。それは料理。全くできないといっても過言ではないレベルです。

ある日、「YUKI,サラダ食べる?」と夕飯の段になって聞いてきました。しかし、この言葉を額面どおりに受け取ってはいけません。彼は料理が大の苦手なんですから。

「サラダ食べる?」=「サラダ作ってくれない?」と同義語なんです。3ヶ月共に生活してきて、それはもうツーカーで分かります。以前はダイレクトに「YUKI、目玉焼きを作ってくれないかな?」と180cmもある大きな体をモジモジさせながら聞いてきましたし。なんでも油が飛ぶのが怖くて仕方がないそう。

そこで僕は「食べるけど、今日は自分で作ってみな。手伝うから(もう21歳なんだからサラダの一つも作れないでどうする)」と、心の声を押し殺してそう応えました。

さあ、いざ料理開始。といっても、レタス、トマト、人参、タマネギ、コーン、シーチキン、ゆで卵に塩とひまわり油とレモン汁をかけた、とっても簡単なもの(&Pacoにいつも作ってあげるもの)なんですけどね。どうするのかな〜?と思って笑いをこらえながら見ていたら、そわそわしながら「え〜っと、まずはレタスからだよね?」と言いながら、小さなレタスを恐る恐る包丁で切ろうとしました。黙ってるつもりだったんですが、思わず「いやいや、レタスは手でちぎればいいじゃん」と突っ込んでしまいました。

すると、「うわぁ、そうすればいいんだ!すごい簡単なんだね!」と言って感心しちゃう始末。

結局、彼がしたことといえば、冷蔵庫から材料を出し、シーチキンの缶を開けたことぐらい。

それでも、いざ食べる段になって「今日のサラダは僕とYUKIの合作なんだ」と嬉々とした表情で他のシェアメイトに自慢しておりました。何度も美味しい美味しいを連発しながら。

Pacoとは週に一回買出しに行くんですが、肉ひとつ買うにしても、僕に「YUKI、これは冷蔵庫でどれぐらい保つの?」とか「これはどうやって料理するの?(=YUKIはどうやって料理する?」とひとつひとつ確認を怠りません。

そんな彼の大好物はフライドポテト(週に5日は食べてます)にベイクドビーンズ、ヨーグルト・・・etc。エビはアレルギーがでるから嫌いだそう。いつも大きな体で礼儀正しく椅子に座って食事を楽しんでいます。

なんだか弟ができたみたいで、とても楽しいですよ(Pacoは「僕らは友達なんだ!」と言いますが)。
お、噂をすればPacoが大好きなミルクティーを煎れて持ってきてくれました。かわいいやつです。

他の2人のシェアメイトについてはまた今度書きます。

ということで、本日の一枚は(本文とは何の関係もありませんが)、グラナダの夕日です。
グラナダの夕日

サクロモンテが持つ魅力と魔力

アルバイシンから歩いて15分ほど、サクロモンテ地区に入る。
どこが境界線かは分からなかった。アルバイシンは住宅が多く、観光客を含め人は多かった。対してサクロモンテは住人以外はほとんど人影が見当たらない。生活音が全くしない。風景も崖や山が途端に広がる。

いざサクロモンテへ

これもサクロモンテ

サクロモンテはフラメンコでも有名なところらしいが、その雰囲気が読み取れないほど。静かなところ。また住んでいる人たちも、市街地とは異なり、ヒターノ(ジプシー)の香り漂う。そもそもサクロモンテはcuevas(洞窟)と呼ばれる洞穴式住居に人が住んでいたところ。現在もその名残は残っており、あるHostal(宿泊所)はcuevasを新しく改築し、旅行者が滞在できるようになっている。

宿泊可能なクエバ

またコンサートなどが行なわれる施設もあった。

サクロモンテにあるホールみたいなもの?

しばらく散策していると、アレックスが誰かを呼ぶ。その方向に目をやると、ちょっとした崖のところに人がいるのを確認する。そこは地上から高さ3メートルほどの高さ。アレックスとマリアに連れられて、なんの舗装もされていない土の道を滑りそうになりながら登る。崖から突き出た道は幅が人が一人通れる広さ、長さは10メートルほど。そこには雑種の犬が2匹、地面に寝転がってチェスをする男女、ギターを弾き、それに合わせて歌う男性2人。グラナダ市街とは180度異なる環境。思わず息を飲む。

住人に挨拶をし、「どうぞ。入って」と言われる。4段ほどの階段を降り、通された先はまさしく洞穴。恐る恐る足を踏み入れる。薄暗いが、意外と広い。部屋が4つ、そしてキッチン兼リビング。率直に書くが、綺麗ではない。土壁、地面も同様に土。リビングでは女性が料理をしている。食欲を誘う良い匂い。そこに住んでいるのは6人(男性3人、女性3人)。アレックスは嬉々として話を弾ませる。(注:さすがに写真は撮れなかった。なんかそれは違う気がして)

正直、僕はその異空間に、あっけにとられてあまり会話に入れない。アレックスに「YUKI,ここにきてからほとんど話してないじゃないか」と水を向けられる始末。そりゃそうだ。こんな環境を、目にするのは初めてだもの。聞きたいことはいっぱいあるが、何を聞いていいのか、聞いてはいけないのか判断がつかない。

彼らは俗にいう“ヒッピー”だ。人種も様々。アルゼンチン、ブラジル、ヒターノももちろん。共同生活をしているという。とても気さく。話を聞いていると、それぞれちょっと書くのをためらってしまう問題を抱えているようだ。それでも、彼らは素敵な笑顔で笑う。それだけに、抱えている問題を話す時に、たまに見せる悲しげな表情が印象的でもあった。

ひとつ聞いてみた。「ここって家賃はいくらなの?」「そんなものないわ」とのこたえ。
随分昔はヒターノが住んでいたが、いつからか彼らがそこに住み着いたのだという。電気もない、水もない。家賃がある方がおかしいか。「で、シャワーとかはどうしてるの?」
「ああ、近くの川よ。だから、いつも冷たい水なの。ハハハッ」だって。なんだろうな。

これはグラナダが抱える問題のひとつなのかもしれない。現に、僕もサクラモンテのヒッピーには気をつけるように色々な人から言われた。こう書くと語弊があるし、誤解を招くかもしれないが、おそらく不法滞在者も多いだろう。お金もそんなに持ち合わせていないかもしれない。だからか犯罪も少なからずあると聞く。でも、こうして実際、接してみると気さくだし、親切心も持ち合わせ、なんの隔てもなく話せる。

しかし、分からない。僕が1人でサクロモンテに足を踏み入れてたら、全く違う印象を抱いていたかもしれない。また、サクロモンテにも素敵な観光場所がある。そこだけを観ていたら、サクロモンテへの印象は偏ったものになっていただろう。今回、もうひとつのサクロモンテの側面を見た気がする。これもサクロモンテの持つ顔のひとつ。

会話に花を咲かせていると、全盲の男性が入ってくる。見た目はこれぞ“ヒッピー”といった様。とてもかっこいい。ギターを爪弾く。思わず引き込まれる音色。音楽について専門的なことは分からないが、彼が奏でる音色からは深い哀愁と熱い情熱を感じずにはいられない。誰からともなく音色に合わせて歌い出す。自然発生的にラテンの香りが部屋に立ち込めるよう。独特な空間。

「僕は目が見えない。だけど、ギターは弾ける。こうしてギターを弾いている時は、なんだか見えるんだ。ほら、みんな今笑顔だろ?」

本当にこう言った。ズシンとくる言葉。

4時間ほど滞在した後、帰宅。帰りの道すがら、マリアはこう言った。

「YUKI,彼はとても素敵な人たちよ。でもね、彼らがあそこに住み着いていること、これは問題のひとつでもあるの。どこにも行くところがないのよ。彼らには」と。

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再会。再訪。アルバイシンへ。

グラナダに着いた時、僕は定住先も決まっていなかった。見えないハイエナに怯えに怯え、右も左も分からない。でも、危険なところの場所は、それだけは恩人の方に教えてもらっていた。されど、なんの因果か僕がグラナダで初めてベッドに横になった場所は、その「危険だよ」と釘を押されていたところだった。

名前はアルバイシン。文化遺産にも指定されている、グラナダの名所のひとつ。アラブ文化の名残を色濃く残し、住人もジプシーが多い。歴史を、というか年季を感じさせる凹凸の激しい道、白壁の家々、アラブの香りを感じる人々。反面、危険地区でもある。その入り組んだ通りは、迷路のようで一度道に迷うとなかなか抜け出せない。人目につきにくい場所も多々ある。故に窃盗などに適してもいるのだ。視界に入らない角に隠れ、通行人を襲う。2ヶ月前には窃盗が頻発し、注意勧告が発せられもした。

そこにある安宿に(一泊1000円)僕は3日滞在した。そこで知り合ったのが、当時そこで働いていたアレックス(ギリシャ人)とその彼女マリア(スペイン人)。共に日本のアニメ大好き。アレックスは『NARUTO』がマリアは『ドラえもん』が大のお気に入り。僕が日本人だと知った途端に質問攻め&日本好き猛アピール。二人とも本当に良い奴で、「困ったことがあったら必ず言ってくれ。そして、スペイン語教えるから、日本語も教えてね」と優しい言葉をかけてくれもした。でも、悲しいかな、その当時、僕のスペイン語は2歳児程度、英語も6歳児ほど。どらえもんの絵を描いてあげること以外は、彼らの期待にほとんど応えられなかった。

あれから3ヶ月。久しぶりに二人に再会。それまでも何回かコンタクトは取ってはいたものの、なかなかタイミングが合わなかった。同様にアルバイシンを訪れるのも、滞在して以来。感慨深い。

アレックスと待ち合わせ。20分遅れでアレックス到着。遅刻魔として名を馳せた僕も今は昔。こっちで人を1時間も待たせることはもうない。久しぶりに見る彼は少しかっこよくなっていた。まずは彼のピソへ向かう。道すがら互いに近況報告。今はもうあの安宿では働いてないとのこと。給料払ってくれないらしい。アレックス大いに愚痴る。しかし、今住んでるところはその安宿の向かい。気まずくないのか?さらに今住んでるところも一晩中うるさいし、一緒に住んでる人たちが良識のないひとばっかりだと。これまた大いに愚痴る。

到着。実際に見てみると、彼が愚痴るのも頷ける。造りはアンダルシアの住居の伝統的なパティオ(中庭みたいなもの)があり、白壁なのだが、いかんせん汚い。割れた酒瓶とガラスの破片が散乱している。さすがに写真を撮ってもいいかとは聞けなかった。すぐにでも引っ越したいというのも分かる。彼の部屋は綺麗に掃除されていたが、一番驚いたのは、さすがグラナダ大学で民俗学か人類学(うる覚え)を学んでるだけあって、かなりの本があったこと。後で彼がいかに物知りかが判明する。

しばらくしてマリア到着。「あれ?こんなに大きかったっけ?」目を疑う。僕と同じぐらいの身長。マリアとも近況報告。「どらえもんは元気?」とか「本音と建前とは?」とか。彼女、本音と建前という言葉を日本語で聞いてきた。驚かされる。説明。「例えば、『アレックスってすごくかっこいいよね』これは建前ね。でも、内心では『すごくブサイクじゃん』と思ってるこれは本音」。大爆笑しながら納得してくれる。

アレックスがワイン一本とつまみのナッツをかばんに詰め込んで出発。向かった先は『ミランド・デ・サン・ニコラス(サンニコラスを望む場所)』。ここはアルバイシンの観光名所のひとつ。訪れるのは2回目。1度目は、ピソの大家さんと、山形在住18年のマリアさんと車で。ここがまた眺めが最高。向こうにアルハンブラ宮殿とシエラ・ネバダ山脈を望むことができ、観光客も多い。ジプシーも多くいる。しかし、昼間ということもあり、危険な匂いは全くしない。
ミランド・サンニコラスから望むアルハンブラ宮殿

この日は空気が少し霞んでいたが、それでも眺めは最高。そこでワインを飲みながら話に花を咲かせる。クリスマスのこと大晦日のこと。アレックスがフランス人とギリシャ人のハーフだったことが判明。寿司のこと味噌汁のこと、味噌汁を絶賛する二人。興味深い。あんこのこと。マリアはあんこが大嫌い。これ以上ないってほど顔をしかめて嫌い度を表現。

日本酒のこと。なんだかこっちで日本の酒の話すると、みんな「あれってすごく強いお酒なんでしょ?」と聞いてくる。なんでだろ?(昨夜飲んだ70度のウォッカの方が遥かに強いって)その度に「まちまちだよ」と応えてはいるけど。でも、こっちで「SAKE」は日本のお酒のこと。通じます。あとアルハンブラ宮殿のこと。二人とも1度も訪れたことがない。「行こうとは思うんだけどね〜」とのこと。身近にあり過ぎるとそうなるよね。

彼らと話していて、もはや日本は『侍・FUJIYAMA・芸者』ではないんだなと確信。彼らに限らず、今まで話した外国人の口から、その三つを聞く機会よりも、『アニメ・電化製品・日本食』を聞く方が遥かに多い。時代は変わったのかな。

しばらくして、移動。なんでもサクロモンテに行くという。おいおい。これまた危険と言われていたとこじゃないか。サクロモンテはジプシーもそうだが、ヒッピーも多く住む場所らしい。大丈夫か?サクラモンテ編は明日書きます。

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これぞまさしく大国アメリカ

今日から語学学校の新しいコースが始まった。クリスマス休暇中、すっかり朝寝の悪癖がついてしまったおかげで、まだ朝早く起きるのが辛いけど。

でも、不思議なもので何時に起きなければいけないと分かっていると、あれだけ甘やかしていた体も、定刻の1時間前には自然と目が覚めてしまう。されど、今のグラナダは朝晩の冷え込みは日本と変わらない。おまけに、うちのピソは、朝はヒーターがつかないものだから、薄暗い中、ガタガタ震えながらコーヒーを飲まなければならない。しかし、ほんの2年ほど前までは、コーヒー飲んだ途端に気分が悪くなるという、カフェインとの相性は最悪な体質だったのに、今では朝は決まってコーヒー。いつから飲めるようになったんだ?これって、いつから、あんなに嫌いだったピーマン食べられるようになったんだっけ?みたいなものか。

さて、新しいクラスのレベルは以前までと比べて2つ上(9段階ある中の上から3番目)。まちがいなく、3ヶ月前の自分だったら、何一つ分からなかったレベル。正直、今まで自分のスペイン語力が上達しているのか否かはっきり分からなかったが、前のクラスメイトで現状維持の人もいたわけだから、こうやって目に見える形で示されると、ちょっと励みになる。もっともっと精進せねば。

このクラスは2週間限定の特別コース。2月から始まる春季コースに向けての冬季集中コースみたいなものかな。クラスメイトは12人。以前のクラスと大差はない。アメリカ人が圧倒的に多いのも同様に。いや、むしろ、以前のクラスの方が国際色豊かだったな。なにしろ、今のクラスは12人中9人はアメリカン。残りはノルウェー、フランス、そしてわたくし日本。さっすがアメリカ(他意含む)。

おそらくどこの国もアメリカ人はいるだろうが(日本人は言わずもがな)、その中でも、最近、スペイン語を学ぶアメリカ人はとみに多いそうだ。なぜかというと、アメリカの南、メキシコ以下ブラジルを除く、南アメリカの全ての国で話されている言語はスペイン語。おまけに、カリフォルニアを筆頭に現在のアメリカは多くのヒスパニックを抱えている。彼らが言うには今後、アメリカにおいてスペイン語は非常に重要な存在になるらしいのだ。英語とスペイン語は話せれば鬼に金棒というやつか。あぁ、英語、マスターしたい。いや、しなければ。だ。

しかし、おもしろいことに、このクラスのアメリカ人、満場一致で現在のアメリカ大統領が嫌いだと、そう言ってたな。でも、選んだのはあなたたちじゃないの?まあ、時が過ぎればなんとやらってやつか。今日話した、アメリカ人は自国の何が一番嫌いかって、自分の国だけにしか興味がないこと。そう言っていた。でも、それは何もおかしくはない。自分の愛するもの、それすなわち一番興味があるもの。居心地の良い場所に留まりたいと思うのは至極当然のこと。留まり続けていれば、他に目を向ける必要はない。でも、彼は他に目を向けることも必要かなと、そう思ったのかも。
翻って、自分はどうだろう。スペインに来た理由。日本が嫌いなわけもないし、他に目を向けないと、そんな衝動に駆られたからでもない。ただ、中学生の頃に初めてリーガ・エスパニョーラの試合を見た時、最も愛するサッカーの理想郷があるのはここなんじゃないかと、そう思ったから。サンショウウオもいろいろである。

というか、今まで会ったアメリカン、誰一人として大統領を評価してなかった。単純に考えてそんなことはありえないんだが。だって、あれだけの圧倒的支持で選ばれたじゃないか。人の気持ちは猫の目のように気まぐれ。それは日本だって同じ。たぶん、この先もこの繰り返しなんだろう。ま、皆が皆、ずっと支持なんてことになったら、それは第2のヒトラーを生むことと、ほぼイコールだから、猫の目のように気まぐれでいいんだろうな。

そうそう、安部首相、まったく知られてないです。小泉前首相は知名度抜群だったんだがな。「アメリカの飼い犬でしょ?」なんて言われたこともあったけど・・・。

まだまだ初日ということもあって、互いに攻めてを探り合ってる段階だから、断言はできないけど、以前のクラスよりもおとなしい印象。以前のクラスがとても賑やかだっただけに、ちょっと、物足りない感じ。これも時が過ぎればなんとやら・・・だろうけど。

とにかく、数的不利の日本代表は果たして大国アメリカと対等に渡り合えるのか?
やれんのか?やれんのか?(拝借)ええ。やるしかないでしょ。楽しみだ。

あと、先生は文句なく、前の方が良かったなぁ。新しい先生、なんかビジネスライクな臭いがしちゃうわけ。冷静で多くを語らず、みたいな。今だけかもしれないけど。おまけにレアル・マドリーの大ファンだし。「ベティスが好き」って言ったら、鼻で笑いやがったものな。面白くなってきたよ。全く。

子供の子供による子供のための日

サンタクロースも黙るLos Reyes Magosを翌日に控えた1月5日。グラナダではLa cabargataと呼ばれる一大パレードがありましたよ。

18時過ぎ、パレードが行われる通りには、初めて見るほど多くの人。やはり、お子様連れが目立つ。そりゃ主役ですものね。
パレード開始前

主役

主役その2

いつも読んでいるスポーツ紙のMARCAも現在、活躍しているスポーツ選手の幼少時代の写真を掲載してましてね。『誰々はどうだった、誰々はこうだった、そして、今、彼らは王様に』みたいな見出しで。
貴重な写真の数々

「ドンドン・・・ドドン」遠くからドラムの音。とうとう行進が始まりました。
パトカーを先頭に、救急車、騎馬隊と続き、様々な衣装を着飾ったパレード隊のお通り。
さすがにディズニーランドのそれには敵わないけれど、手作り感のある可愛らしい感じ。

パレード1

その2

お姫様?

はりぼての像

そして、ここにもちゃっかりいるんです。アメリカの有名人。そういえば、こっちに来て一度も食べてないな。不思議と食べたくならないんですよ。でも、大人気だったな。
アメリカ代表

ニワトリのキャラクター?名前なんだっけ?

手を差し出し叫ぶ人々、「こっちよ〜」「こっちにも〜」。返す刀で大量の何かを投げるパレード隊。即座にしゃがむ人々。繰り返される。なんだ?「イタッ!!」固い物が頭を直撃、躊躇する暇も与えずどんどん降ってくる。

こっちよ〜

飴、飴、飴、楽しそうに投げるパレードの車(あれの正式名称はなんて言うんだ?)に乗ってる子供たち。そうです。何台ものパレード車に乗ってるパレード隊がこれでもかと、飴を投げてるんですね。おそらく子供たちに。

しかも、遠くに投げる時は上手投げで力の限りに投げるものだから、当たったらかなり痛い。それでも、人間の性ってやつでしょうか。大人も子供も関係なく真剣に飴を拾うんですね。いや、わかってますよ。子供のために拾ってあげてるんですよね?真剣に。

で、なんだか可笑しくなって笑えてくるんですよ。たまにありますよね?なんだか笑えてくるときって。

そして、ふと思ったんです。これって何かに似てるよな〜って。
上から色々降ってきて、下で待ってる方はそれを先を争って奪い合う・・・
そう、あのなんだか分からないけど面白くて笑いが込み上げる棟上(むねあげ)のあの光景にそっくりなんです。

そう合点がいきながら、昔を思い出しましてね。

あれは中学1年生ぐらいの頃でしたか。その一年前に我が一家は、新しく開拓された住宅地に引っ越しましてね。その当時、その住宅地はまだ3割ほどしか家が建っていなくて、これからまさに建設ラッシュという時期だったんです。

中学1年生ですよ。色々なことに興味を持ち始め、なんでも楽しくて、楽しければなんでもいい時期です。お金の価値もなんとなく分かってくる、欲しいものも駄菓子屋レベルじゃ収まらなくなってくる。だけど、お金なんか持ってなくて、あれが欲しいこれが欲しいとは、なかなか親に言えない。自分で言うのもなんですけど、随分、親に気を使う子供でした。

そこに降って沸いたような建設ラッシュ=棟上ラッシュ。思春期真っ最中の僕、そして、
いつも一緒にいた友達3人はもう笑いが止まりませんでしたね。

夏休みを前にしてカレンダーを見ながら、「ここはだいたい何日後だろ」「あそこはもう少しかかるだろうな」「見た感じあそこは値が張るんじゃないか」馬鹿みたいに綿密に計画を練るんですね。今はクダラナく思えるけれど、あの頃は真剣そのものだったし、なにより底抜けに楽しかった。

いざ、棟上当日。僕らはそれこそ絶対に負けられない世紀の一戦に挑む、勇敢な戦士のような心境でしたね。周りに集まってる近所の人たちとも挨拶はすれど、勝手に敵対心を抱いてましてね、「負けるものか」と。

決戦開始。手が泥だらけになろうと、足を踏まれようと、意に介さず、もちが降って来ようと目もくれず、ただひたすらお金だけを狙ってましたね。

決戦後は結果報告&反省会。100円だと思ってたのが、10円だった時はこの世の終わりみたいに落胆し、1000円なんてあろうものなら、4人でビビッて。次は反省会、それぞれの役割がどうとかフォーメーションがどうとか、大して効果はないんだけど、これっぽちも疑うことなく真剣に話し合ったりして。

で、ある時、飛び道具を投入することのになったんですね。
「傘ってアリなんじゃないか?」「いや、それはルール違反だろ!」棟上にルールもくそもなんですけどね。「とうとう禁断の扉を開けるのか・・・」意味が分からないけど、かっこつけたい年頃なんです。

これが効果てきめんかというと、そうでもなかったんですね。棟上というのは大抵、2回の天井から投げるもの。高さがあるものだから落下速度もつく。跳ね返るんですね。ナイロンの傘に当たると。硬い物はなおさら。だから、全く傘の中に納まってくれない。計画はあえなく撃沈、チームはもう混乱、フォーメーションもどこへやら、完全な個人プレー。挙句の果てには、友達のKとYが足を踏んだ踏んでないだので、喧嘩をしだす始末。

実に異様な光景。ワイワイ棟上やってるその隣で、中学生が殴り合いの喧嘩。勿論、棟上は中断。止めに入る近所の人たち。説教開始。

「なにしてるの!!」何も言わない傷だらけのKとY。
「あなたは友達でしょ?」「いや、僕たちは弟・・・です」どうにか切り抜けようと、訳の分からない返答をする僕ともう1人の友達J。「そうなの?」「え、ええ。お兄ちゃん2人が・・・」
喧嘩して息を切らすKとYと、なぜそんなに怒るのか分からないおばちゃん、弟になってる自分、そんな混沌としてるけど、緊迫感のある状況が面白くなってきて、笑いがこみあげてくる、堪えようとすればするほど、込み上げてくる。遂には耐えられなくなって、

「行こうよ!お兄ちゃん!」と叫んで、2人の手を引いてその場を逃げるように退散しましたね。

お腹を抱えて笑う僕と、まだブスっとしてる2人。大した成果も上げられず、Kの「帰るわ」という一言を合図に、ぎこちないまま、それぞれ家路に着きましたね。

それから1度も棟上には行かなくなりました。4人で遊ぶんだけど、棟上は行かなかったですね。

あれから随分と時は経ち、僕は今こうしてスペインにいる。まだ彼らとは関係は続いていて、特にKとは定期的に会ったりしてます。不思議なもので会う度にあの頃の話になるんですね。必ず。そして、何回も話したはずなのに笑ってしまう。

あの頃の僕は将来スペインに行くなんて想像もしてなかったはず。そもそも何を考えてたんだろう?将来のこと考えていたのかなぁ?ちょっと、喋ってみたいなぁ。

と、そんなことを思い出しました。パレード見ながら。子供のためのお祭りで子供の頃のことに思いを馳せる。なかなか素敵なパレードでしたよ。

そうそう、『飛び道具』使ってる人いました。

飛び道具

パレードの帰り道、僕も自分へのプレゼントの意味も込めて、必要だったサッカーシューズを買って、喜び勇んでピソに帰りまして、箱を開けましたら・・・

入っていたシューズは両方とも右足でしたよ。

右と右

思わず笑いが、「フッ」と出てしまいました。明日、取り替えてもらわなきゃな。

今日はここまで。



死ねないらしい。

グラナダに着いてから3ヶ月。僕はまだ一度もそこを訪れたことがなかった。
「YUKI!セビージャにサッカー観に行くくせに、あそこにまだ行ってないなんて
信じられないわ!!」僕がまだ訪れてないと言うと、語学学校のエミリア先生はそう言った。
「え〜〜!!??どうしてまだ行ってないの!?」お世話になってる山形在住18年のマリアさんは山形訛りの日本語でそう言った。
「あそこを訪れずして死ぬのは勿体無いよ」これまた大変お世話になってるある方はそう言った。

グラナダでは全く有名ではないサッカースタジアムには何度も足を運んでるのに、グラナダ一の観光名所にはまだ一度も足を運んだことがなかった。

きっかけがなかったわけではない。以前、語学学校のツアーがあった時、同じクラスの中国人Zanに一緒に参加しようと誘われ申し込みに行った。が、行った時にはもう締め切られていた。大人気なのだ。そこには終日、多くの観光客が訪れ、チケットを買うには一週間前から予約が必要なほど。

それから1ヶ月。そろそろ謁見しないと、さすがにまずいだろうなぁと思っていた矢先、
日本の友人の同僚がグラナダに来るというではないか。スペイン初めてだし、色々連れて行ってやってほしいとのこと。ナイスタイミング。メールでやりとりしてみると、彼女たちは、あそこを訪れるのが一番の目的だと。

ということで、行ってきました。初スペインの女性2人を3ヶ月もいるのに一度も行ったことがない男性がお供して。観ずして死ぬのは勿体無いアルハンブラ宮殿

宮殿入り口

市街地から小型バスに揺られること5分。門を抜けると左手にすぐ宮殿は姿を現す。敷地内は予想していた以上に広く、冬の匂いを感じさせる林が続く。 class="pict" />

目的地に到着。さて、入場券買わなきゃな。・・・ん?
買ってないのか?ええ。なぜ?大人気なんだろ?もちろん。なぜ?

なぜか。彼女たちの意思を伝え聞いたのは昨年の30日。アルハンブラ宮殿のチケットはBBVAという銀行で購入可能なのだが、年が明けて2日までは休み。買えなかったんです。彼女達は昼の12時にグラナダに着き、その日の21時の電車でバルセロナに向かうという。グラナダ滞在時間わずか9時間。グラナダを訪れた最大の目的はアルハンブラ宮殿にあり。ツアーコンダクターは当日の朝から東奔西走。やることいっぱい。スペインに来て初の案内役。満足してもらわねば。ということで、朝一でBBVAへ。

「アルハンブラ宮殿のチケット3枚欲しいのだが」
「あ〜今日はここじゃ売ってないんだな。アルハンブラ宮殿でしか買えないんだよ」

なに?おいおい。大丈夫か?もし、チケット買えなかったら・・・
かぶりを振って、彼女達を迎えに。スーツケースを引いている。
ふと、自分がスペインに着いた初日を思い出す。今ではスーツケースを迎える側。
あれから、ちょっとは成長したかな。

荷物を我がピソに置き、いざ宮殿へ。道すがら状況報告。
「あのですね、今日はですね、入場券は現地でしか買えないらしいんですよ」
「あ〜そうなんですかぁ。分かりました」素直すぎる答え。
えらく畏まってしまう。自分にも言い聞かせる。現地でしか買えないんだと。ある意味神頼みなんだと。

途中、山形在住18年のマリアさんとそのお母さんと出会う。
話し込む。タクシーよりもバスが良いとかだいたい観て周るのに何時間かかるか、また明日、共通の友人のJabielの息子とサッカーをすることについて、その他色々。これまた楽しみ。
マリアさんのお母さんに「あら〜YUKI、随分喋れるようになったじゃない。スペイン語」と言われる。「いや〜まだまだ全然です」と謙遜するも、心の中では少し握りこぶし。ちょっとは成長したかな。

果たして、入場券売り場へ。握ったこぶしも力をなくす長蛇の列(写真の3倍はいました)。
待ちわびる人たち
「うわ〜ディズニーランドみたいですねぇ」と、彼女達。
「え、ええ。ホントに。プーさんのハニーハント並みですね」
もう返答もままならない。正直、絶望的状況。それでも、並ばないことには始まらない。
「ほら、この時間を利用して予習。予習。時間はたっぷりありますから」
「そ、そうですね」彼女達の声からも幾ばくかの焦を感じる。

しばらくして館内放送。
「本日の入場券は残り75枚です」
どーー見ても自分達の前には75人以上いるんですけど・・・。
「どうします?どー見ても75人以上いますけど、一縷の望みを託しますか?」
「ええ。もちろんです!」力強い答え。
よーし!腹を括った。何が何でも彼女達に入場してもらう!!

徐々にだが進む蛇。嫌な沈黙が訪れるのが何より恐い僕は、ここぞとばかりに色々とお話を伺う。ほ〜臨床検査技師さん、なになにパリが大好き、スイスにも行かれた?・・・etcちょっとは楽しんでくれている様子。

と、二回目の館内放送。
「本日の入場券は完売しました。あとは庭園のみの見学チケットが残り25枚です。ありがとうございました」スペイン語、英語、フランス語、おそらくドイツ語と4ヶ国語で説明。フランス語のメルシーがやけに空しく聞こえる。

どー見てもまだ50人以上前にいる。ええい!こうなったら。
「ちょっと、待っててください!!」彼女達にそう言い残し、向かった先は赤ちゃん連れの日本人夫婦。
「あの〜日本人の方ですか?」超低姿勢。
「はい。そうです」感じの良いご夫妻。
「つかぬ事お聞きしますけど、入場券、買えたんですか?」本題へ。
「ええ。ですけど、庭園のみのやつです。でも、私達、庭園のみって知らなくて買っちゃたんですよ。でも、私達は明日、再度来て、全部見学できるチケット買おうと思ってるんです。まだ買えてらっしゃらないんですよね?もし宜しければ2枚ですけど、買います?」来た来た来た。
「そうなんですよぉ。あ、明日も来られるんですか?いやですね、実は一緒に来てる彼女達、今日しかグラナダにいられないんですよ。今夜にはバルセロナに経っちゃうんです。よ、宜しいんですか?譲って頂いて?」ここぞとばかりに波状攻撃。
「もちろんです。むしろ買って頂いた方がありがたいです!」落城。
「ありがとうございます!!ちょっと、彼女達に聞いて来ますね!」布石はあった。いつ辿り着くかも分からない列に並んでいた時、ちょっと、売り場付近を偵察に行った際、ちょっとした言い合いをしている夫婦を見かけていたのである。どうやら、この状況を読み違えたらしい夫とそれを責める嫁。そして、日を改めるとかなんとか。何を隠そう入場券を売って下さった夫婦とは彼らのこと。メルシーが空しく響いたあの時、あの夫婦はまるで何かを探しているかのように、列の横をうろうろしていたと、あとは上記のとおり。

これって悪いことしてないですよね?腹黒くないですよね?皆満足してますものね?

喜び勇んで彼女達に何回目かの状況報告。それもかなり重要な。二つ返事で是非にとの答え。
「でも、2枚って宮元さん、いいんですか?」
「あ、僕はまだいつでも来られますし。気にしないで下さい。ホントに」
「でも・・・」
「いや、誰がどう見たってあなた達が行く方が良いに決まってます」

売った方と買った方、双方共に頭を深々と下げ、晴れて交渉成立。

2時間後に待ち合わせをし、入場口から入っていく彼女達を見送る。心底ホッとする。

なので、散々前振りしといてなんですが、僕は宮殿内には入れていません。
でも、外観、その宮殿周辺は散歩がてら拝見しました。
入り口下

宮殿脇の小道<img src=
多くの緑とアルハンブラ宮殿の名前の由来とも言われる赤茶色の壁、その横を流れる小川、木にはリス。ひんやりとした空気が流れ、思わず深呼吸したくなる。今回、入れなくて逆に良かったのかもしれないと思えてくる。なぜなら、これはこれでとても気持ちが良く、しばらく経験していなかった自然に触れる感触を思い出せたから。それにもう一度来たいとそう思えたから。
宮殿の外堀から見える住宅

石畳

宮殿の一部

その2

2時間後。満足そうな表情を携えて帰ってくる。良かったらしい。
感想を聞くと、言葉が見つからないとの答え。ますます、この目で見たくなる。
次回は必ずこの目で。本当にアルハンブラ宮殿を見ずして死ぬのはもったいないのか否か、確かめねば。皆さん、宮殿内の様子はその時に。

今の僕にとって、それをせずして死ねないもの。それはスペインの、もっといえば世界のサッカースタジアムを訪れずしては死ねない。それ以上のものはない。誇張でもなんでもなく、サッカースタジアムは僕にとって、そのどれもが胸踊る特別なもの。そんな特別なものを見ずしては死ねない。そう何を差し置いても。

宮殿を後にして、次に向かった先はこれまた未だ一度も中に入ったことのないカテドラル(大聖堂)。それはまた明日。










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