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  • 2007.12.13 Thursday
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アトレティコ・マドリーの未来予想図

久しぶりにリーガネタを。

今オフシーズン、例年にも増して節操の欠片もない補強を進めているアトレティコ・マドリー。すでに前線の選手は獲得した選手だけで余剰人員がでてしまうほど。

アトレティコ・マドリーはスペインの首都マドリーに本拠地を置くクラブ。マドリーといえば、レアル・マドリー。これはもう抗えない事実。レアル・マドリーのライバルはFCバルセロナ。同じ街のアトレティコ・マドリーは一応のライバル、というと、アトレティコファンの反感を買いそうですが、スペインではこれが真実。

アトレティコ・マドリーは、そんな真実を覆すべく、毎年毎年多くの選手を獲得しては混乱し、獲得しては崩壊しを繰り返してきました。やる気カラ回り。

そして唯一のレアル・マドリーに自慢できるクラブの象徴、ラウールから代表の座を奪い、かつクラブに忠誠を誓ってきた“ニーニョ(子供)”ことフェルナンド・トーレスすらも海を渡り、スペイン人が率いるビートルズの街の名門クラブに移籍しました。

理由は「もっと大きな舞台、ヨーロッパの大会でぷれーしたかった」から。

いつまで経っても実らないアトレティコ・マドリーの努力はクラブの象徴だった男によって見切りをつけられました。

それでもアトレティコ・マドリーはめげない。ソフト(選手)が一流ならば、ハードもそれに見合わなければならない、ということで。

次なる一手は新スタジアムの建設

エスタディオ・オリンピコ・デ・ペイナテ。最大収容人員73000人。2010年完成予定。リンク先のCGを観ていただければお解かりになると思いますが、陸上用トラックも付いており陸上競技にも対応。おそらく将来のオリンピック招致のことを考慮に入れてのことでしょう。

サッカーの試合の時はトラック上に座席が出現する仕組みになっており、近代的なスタジアムです。

ヴァレンシアに続きスペインでは2クラブ目となる新スタジアム建設。

MARCA紙のウェブ上ではアトレティコ・ファンが「未来は俺たちのもの」と高らかに宣言しているが、果たしてアトレティコ・マドリーの未来は明るいものになるのか。

それにしてもどこにそんなお金があるのやら。

日本代表がもたらした悔しさの必要性

アジアカップの決勝、イラクVSサウジアラビア戦をリアルタイムで眺めながら湧き出る感情はひたすらの悔しさ。

ご存知の通り、日本は昨夜の3位決定戦でも準決勝のサウジアラビア戦に続いて敗戦を喫した。韓国の選手達が、PKを止められ仰向けで崩れ落ちた羽生選手のすぐ横で喜びを爆発させるのを目にするのはとても辛く、歯痒かった。

韓国戦での日本代表は試合開始早々、エンジンフルスロットルで攻め立てた。鈴木選手も中村(憲)もどんどん飛び出す。小気味良い。韓国は10人になり、ピケ監督以下3人が退席処分になり、何度となく韓国ゴールを脅かし、気づけば延長戦に突入。画面に映る赤い選手たちは顔をゆがめ、実況者はしきりに「足がつっている」こと「走れない」ことを伝えた。

果たしてPK戦に、そして日本代表は負けた。

「負けたとは思っていない。日本よりも良いサッカーをしたチームがあったか?」

オシム監督の言葉は間違っていない。PK戦はオシム監督の言葉を借りるまでもなく、
運が大きくものを言う。今大会を通じて日本代表の試合内容は良しとされるものだった。
ボールは動き、選手も動き、ポゼッションは高かった。観るものを飽きさせないサッカーをした。何が悪い。

選手達は口々に「悔しい」と言った。加地選手は「やっているサッカーは悪くなかったが、結果がついてこなかった。すべては結果。今回は押していても、結果が出なかった。前回(2004年)は内容は悪かったが勝った」(スポーツナビより抜粋)

選手達は言うまでもなく結果を求めてプレーしている。いくら内容が良くても負ければ無に等しい。昨季リーガ制覇を逃したFCバルセロナは批判された。シーズン中、叩かれに叩かれたレアル・マドリーは優勝した途端、褒め称えられた。あれだけ忌み嫌われていたカペッロ監督ですら、ファンは続投を望んだ。

ノックアウト方式のトーナメント戦であるならば、なおさら結果が重要視される。
それは至極当然のこと。

問題は我々が何を求めているのかということ。これまでと打って変わってオシム監督には批判の声が上がるだろう。しかし、オシム監督に託したものはなんなのか。勝利なのか、はたまた唸れるサッカーを見せてくれることなのか。

オシム監督はワールドカップのための代表づくりをしている。故に韓国戦もメンバーを入れ替えることはしなかった。

全てはドイツワールドカップでの、あの屈辱を2度と味わわないために。そのために今があるのではないか。

批判の声は必要だが、3年後に面白く勝つ代表を見たければ、今大会だけの木を見て森を見ずな批判は不毛であろうと思う。

ワールドカップ予選の場でアジアカップ決勝を戦うこの2チームに勝つことができるのならば、この悔しさも必要な肥やしではないだろうか。

リーガ勢、プレシーズン開幕。

2007/08シーズンの開幕を8月26日に控えるリーガ・エスパニョーラ。新シーズンの開幕まで約1ヶ月となり、各クラブはヴァケーションを終え、ヨーロッパ各地で既にキャンプイン。

MARCA紙のHP上では各クラブのキャンプ地及び、期間、さらにキャンプ風景の写真まで紹介してくれています。

これがまたなかなか手の込んだというか、丁寧でgoogleのヨーロッパの航空写真でそれぞれのクラブのキャンプ地が随分な縮小サイズで見る事ができます。google earthと併用して上手く使えば、もしかしたら練習風景まで見られないですかね?

オーストリアのレアル・マドリーやスコットランドのFCバルセロナ、オランダのヴァレンシアなどスペイン国外でキャンプを張っているのは計5クラブ。その他の15クラブはスペイン国内。国内とはいえ多くのクラブが本拠地を離れている中、唯一レクレアティーボ・ウェルバだけは地元ウェルバでキャンプを張っています。ウェルバは観光地としても有名ですが、よっぽど好条件が揃っているのでしょうかね。それとも単に経済的な理由か。

国外や遠方に行く費用を抑えて、その分を補強費等に回すという考え方もたしかに一理ありますね。

さて、ヨーロッパは各国リーグが8月もしくは9月にはリーグ戦が開幕するわけで、ほとんどのクラブが既にプレシーズンに突入しています。

そんな中、アジアはアジアカップの真っ最中。昨シーズンMVPまで獲得する活躍を見せた中村(俊)は、ドイツの地でようやくスシボンバーから真の頼れる男に成長した高原は・・・。彼らはシーズン閉幕後、ほとんど休む間もなく、日本代表の一員としてピッチ上にその姿がありました。

彼らはクラブチームでの活躍が認められて日本代表に選ばれています。彼らは選ばれた先で、代表のため、自らのためにプレーし続けています。今や、日本代表に欠かせない存在。アジアカップ後、彼らが帰るところはプレシーズンが始まり、開幕が迫った所属クラブ。

選ばれるためにプレーし、その選ばれた先でプレーしたことが、次の選ばれるためのプレーに影響を与える。ちょっと皮肉な話。

もう警鐘が鳴らされて久しいけれど、昨今のフットボールを取り巻く過密スケジュール(主にヨーロッパ)は、そろそろどうにかしないと、FIFAにUEFAにJFA。

コパ・アメリカを辞退して休養十分のロナウジーニョは「早く試合がしたくてウズウズしている」みたいだけれど。

オシム流PK戦への臨み方と年を経るということ

PK戦が始まる前、オシム監督がひとりロッカルームに引き上げる後ろ姿を見て、「あ〜結果如何によっては、これって美味しく料理されるんだろうな」と思ってしまった。

「PK戦は見ないようにしている。私が見ているとツイていないので、見ない方が勝つかなと思ってロッカールームに引き上げた。PK戦は運に左右されるから」

果たしてオシム監督の勝ち。というのも試合は終始、日本がゲームを支配していたわけで、その意味ではそれまでの流れや勢いがチャラになってしまうPK戦への突入は、日本としては決してプラスではなかったはずだから。

キューウェルが外したのはリフティングをしながらポイントまで向ったからとか、高原がふかしたのはボールを置いてから助走まで間髪いれなかったからだとかは、結果論であることは承知の上だけれど、経験上、ペナルティ・キックというものは些細なことが大いに影響するものである。

だからこそ、今でも多くの選手がそれぞれにPKへの心構えやこだわり、例えばボールの置き方や蹴り方、助走の仕方、目線のくべ方・・・などなど)を持っているのだろう。因みに僕はキーパーは一切見ず、蹴る方向も決め打ち派とか。

その意味でオシム監督の言うなれば願掛けはPK戦に臨むにあたって、正しい姿勢だと言って良いだろう。たとえそれがマスコミの格好の餌になろうとも。

PK戦は必ずベンチでスタッフ、選手と一体になってその瞬間を共有しないといけないなんてルールはどこにもないし、ロッカールームに引き上げる方が縁起が良いと信じているのならば、そうする方が良いに決まっている。選手、スタッフが円陣を組んでいるその輪に監督の姿が見えないのは、どこか寂しく物足りないとしてもだ。

もっとも、オシム監督の発する言葉を額面どおり受け止めてしまうのは、少し芸がなく、彼が率いる日本代表を十分に愉しめていない気がするのだけれど。

とはいえ、気候条件、メンバー構成等、1年前のあの1戦とは全く比較対象にならない試合を高原以外、バイタルエリアでのシュートへの真剣さを感じられないまま制したわけで
、次戦の相手はサウジアラビアとウズベキスタンの試合の勝者。

希望はもちろんサウジアラビア。なぜって?それは久しぶりに強者と戦う姿を見てみたいと思わせる日本代表だから。

だから、サウジアラビアのあとはイランとも韓国とも是非、手合わせしてほしいのである。

残念だったのは大好きなキューウェルがさらに狡猾な選手になってしまっていたこと。リーズ時代は若さと才能だけでやれてますという風なプレーだったのに、リヴァプールに移籍し、年齢と怪我を重ねることで、ドリブルで相手を抜き去る喜びを取り戻すことよりも、旨く(そつなく)プレーすることを選ばざるを得なくなってしまったのだろう。

髭を蓄えた彼の表情に年齢的な若さはなく、そしてあの怖れる者のいない不敵で純粋な笑顔は見られなかった。きっと、楽しくないんじゃないかなぁ。

日本代表〈スポーツ)の主役は誰か?

昨日の記事に対するコメントで気になったものがありました。

『自分はまずカメラのスイッチングが気になりました。なぜゴール直後に必ずオシムを写すのかと。メディアまでオシムの機嫌を伺うのかと。今の代表って選手もファンの雰囲気もオシムありき過ぎな気がするんですが。』

というもの。残念ながらお名前がなかったもので、このコメントに対しては返答させて頂いたのですが、ちょっと興味深かったのでここで改めて書かせて頂こうと思います。

たしかにこのご指摘はどおりあの試合、テレビカメラはゴールシーンの度に日本のベンチの画を抜きました。もちろんオシム監督の表情を撮るために。

しかし返答にも書きましたが、これは決して珍しいことではなくて、スペインでもサッカーの試合中継、例えばレアル・マドリーの得点、失点シーンでは必ずカペッロ前監督に画面は切り替わっていました。FCバルセロナのライカールト監督や他のクラブでも例外なくそうでした。むしろ、日本よりもその頻度は多いほど。

ということは得点シーンや失点シーンの直後に監督にカメラが切り替わることは、取り立てて珍しいことではないのでしょうか。

ただし、スペインと日本では監督をカメラで抜く目的に違いがあるのだと思います。

スペインでは単純にそのシーンでの監督の表情から心境やゲーム運びが上手くいっているか否かなどの情報を得るため。日本も基本的にはそうだと思いますが、それだけではないと思います。日本のスポーツ報道で今や当たり前になったこと。時に代表チームの時に見られることですが、それは「○○JAPAN」という冠がつき、○○には監督の名前が入ります。

オシムJAPAN、ジーコJAPAN、長嶋JAPAN、王JAPAN、柳本JAPAN・・・サッカーから野球、バレーボールまでその範囲は拡大する一方です。

カメラがしきりに監督を抜きたがる理由。カメラは何を撮ろうとしているのか。それは主役を撮ろうとしているのではないでしょうか。いくら選手が主役だと言ったところで、字面を見れば誰にフォーカスを当てようとしているのかは一目瞭然。

○○JAPANの主役は誰がどうみたって○○さんではないでしょうか。

スポーツにおいての主役はプレーヤーであるべき。それ以外が目立つということは試合が面白くないか、プレーヤーへの配慮不足か。いずれも異常なことだと僕は考えます。

もっとスポーツを楽しんでもらいたい、いや自分達が製作したスポーツ中継をみてもらいたいと思うのは当然のことですが、そこにスポーツを伝える正しい姿勢はあるかどうか、そのことをなにより考える必要があるのではないでしょうか。







気になるデリケートさ〜日本VSベトナム(アジアカップ)

ベトナムがものすごく好感を持てるチームだった。ヨーロッパや南米のサッカーが氾濫する日本では、Jリーグでも「ずる賢くあれ」といわれる。南米やヨーロッパの選手のようにと。審判を欺く技術や時間を上手く費やす技術は必要だと。

ベトナムのサッカーはそんな「ずる賢さ」とは、およそかけ離れていた。ペナルティ・エリア内で日本のDFともつれて倒れても余計なアピールはしない。速攻においての彼らの押し上げは、良い意味で闇雲だった。

ただ、よく走りよく粘った実直なまでのサッカーは、前半で力尽きてしまった。

そのベトナムを相手に日本は4−1で退けた。CKからオウンゴールで先制されるも5分後には追いつき、3点を加え快勝。前半の終わりと後半の半ば以降、中盤のスペースがポッカリ空いてしまったのは明らかなガス欠。高温多湿の条件下では致し方ない部分もあろう。

しかし、相手ゴール前でのプレーぶりはどうもいただけない。ベトナムは引いて守っていたとはいえ、得点シーンから見ても解るように組織化された守備ではなかった。にもかかわらず、日本は手を必要以上にこまねいた。ペナルティ・エリアに侵入しているのに、相手が密集しているのに、わざわざパスを出す必要はあるだろうか。その先にスペースはないのにわざわざワンツーに固執する必要性はどこにあるのだろうか。

進んだ先は袋小路ならば、無理に歩を進めるのではなく、ミドルシュートで強引にぶちこわしてもいいのではないか。

実直なまでのベトナムとデリケートすぎる日本。ベトナム革命を指導し、首都の名前にもなっているホー・チ・ミンを讃える歌が未だに耳から離れないのは、決勝トーナメント進出を懸けた試合らしからぬキレイ過ぎた内容だったからだろうか。

日本とスペインのサッカー中継にみる相違点

「○○がドリブルで仕掛ける、仕掛ける・・・ゴーーーーーーール!!!」

スペインでのサッカーの試合の実況はとてもうるさい。いや、賑やかというべきか。とにかく試合中、黙ることはなく、かつゴールが決まると叫ぶ叫ぶ叫ぶ。それは民放だろうがCS放送の専門チャンネルだろうが変わらない。

しかし、それが耳障りかというと、そうではない。

先日のアジアカップ、日本VSUAE戦、台風の影響でNHKのBS放送が視聴困難だったため、もうひとつの民放局の放送に途中から切り替えた。久しぶりに観たそのテレビ局は、相変わらず賑やかだった。実況者はことあるごとに決め台詞を並べ、解説者は精神論や根性論を熱血に語り、さらにピッチリポーターは逐一、いかにもここだけの情報らしくピッチレベルの状況を報告する。

聴覚に訴える量としては、スペインのそれも日本のそれも同レベルだろう。だが、決定的に違うもの、それは耳障りかどうか。昨日の試合は耳障りだった。

なぜか。それは試合に対する余計な付加価値、ともすれば感動の押し付けともとれるものが多すぎるからではないだろうか。

スポーツ中継の基本は、目の前で起きていることを忠実に伝えること。サッカーでいえばボールを持っている選手が誰で、誰が誰にパスし、誰がマークしているか・・・等々。

スペインの実況・解説陣はひっきりなしに喋ってはいるが、その基本は絶対に守られている。その中でチーム事情やスタジアムの雰囲気、そしてこぼれ話を盛り込ませる。

日本の民放局のスポーツ中継が耳障りだと思うのは、そういった基本を二の次にしてでもドラマティックなことを視聴者に投げてくるからではないだろうか。勿論、日本の全ての放送局がそうだとはいわない。現にNHKやスカパー!の試合中継で観る気をそがれることはほとんどない。

盛り上げることは大事だけれど、視聴者を置いてけぼりにしては元も子もないのではないか。劇的な謳い文句や熱い解説もいいけれど、一方通行で受け手が求めていないもの、不快に思うものでは安っぽくなってしまう。まずは基本に忠実に。

シュスター監督は未だにバルサのソシオ会員

「単にタイトルを獲得すればいいわけじゃない。良いプレーをし、皆を楽しませ満足させなければならない」

レアル・マドリーの新監督に就任したベルント・シュスター。彼は就任会見においてそう語り、マドリディスタが抱くマドリーの理想像を理解し、かつ具現化することを宣言した。さらに「ここに帰ってくることができて嬉しい」とも語っている。

そんなシュスター新監督にはマドリディスタに対して、いささかバツの悪いある秘密がある。

シュスターは1988〜1990年の2年間、レアル・マドリーで選手としてプレーしていた。しかし、シュスターのスペインでの日々はそれだけではない。

彼は選手、そして監督として27年間もの月日をスペインの地でサッカーと共に過ごしてきた。彼がスペインに初めてやってきたのは1980年、降り立った地はバルセロナ。その後8年間、翌年にレアル・マドリーに移籍するまで彼はFCバルセロナでえんじと青のユニフォームを纏ってプレーした。

これまで何人もの選手が最大のライバルであるマドリーとバルサを怒りと嫉妬と共に行き来してきた。記憶に新しいところでは2000年にバルサからマドリーに移籍したルイス・フィーゴだろう。

シュスター新監督もそのひとりなのだが、なんと彼はバルサのソシオ会員なのだという。しかも今でも。つい最近、会員登録の更新手続きまでしているというから驚きだ。

就任会見の席でその喜びをマドリディスタへの約束を宣言したシュスター新監督。その言葉に嘘はないだろうと思う。しかし、本当の胸の内は果たしてどうなのだろうか。

そしてバルセロニスタの、マドリディスタの、何より八方手を尽くして連れてきたラモン・カルデロン会長の胸のうちはいかに。彼らがこの事実を知らないはずはないのだから。



オシムの怒声、スペインまで轟く

昨夜のアジアカップ、VSカタール戦後のオシム監督のインタビューをご覧になられた方ならお解かりいただけると思うけれど、オシム監督は相当に機嫌が悪かった。

インタビュアーがマイクを向けるや否や「あぁ?」とあからさまにご機嫌斜めであった。
僕はオシム体制になってからの日本代表の試合というものは、昨夜が初めて目にしたのだけれども、率直な感想は「良いチームになったなぁ(ジーコ時代と比べて)」だった。

昨夜の試合では、猛烈な暑さと湿気の影響か、オシム体制になってから代表チームの枕詞のようにつけられる“走るサッカー”というものの実態は僕には見えなかったのだが、局面、局面での動きに連動性が見られ、「あそこにいてくれたら・・・」という痒いところに手が届くサッカーになっていたように思う。勿論、これは基本中の基本なんだけれど、ジーコの時は痒いとこだらけだっただけに、非常に心地よかった。

それでも、終了間際に追いつかれたことでオシム監督は憤怒していた。

『イヴィチャ・オシム日本代表監督、通訳を泣かせる』

MARCA紙のHPではそう報じた。普段、日本代表のことなど見向きもしないスペインのスポーツ紙が取り上げたという事実。これは何を意味するのか?スペインもオシムのサッカーに、はたまた日本代表に興味を持っているのか?

答えはNoだった。

記事の内容は「オシムは非常に手厳しい言葉を並べ立て、選手達を「下手の横好き」とこき下ろした。その言葉の数々に通訳のZen Chidaは思わず泣いてしまった」といったもの。中村俊輔の証言としてロッカールームでの出来事だったことを掲載している。

それに対する読者の反応はといえば、実に冷ややか。
「これってニュースにするようなことなのか?」
「日本代表は何か?世界有数の代表チームなの?」
「そんなこと言ったら、カマーチョは常にコーチをビビらせていたよ」

唯一、日本代表マニアだという者が日本代表の健闘を祈っていたが、それ以外は散々なものだった。

結局、彼らにとっては『通訳が泣いたこと』、それだけがニュースであり、それが例え日本だろうと韓国だろうと関係はなかっただろう。

こうなりゃ、3連覇しかないな。やつらを振り向かせる方法は。

マドリディスタの心をくすぐるレアル・マドリー新監督のお言葉

「長いとも短いともいえる10年間、監督業を続けてきた。レアル・マドリーの選手だった頃から『レアル・マドリーとともにいたい』と内に抱いていた。だから、今はとても嬉しいよ」

レアル・マドリーは9日、ベルント・シュスター氏の新監督就任を正式に発表した。その席上で新監督の口から語られた言葉の数々は、カルデロン会長がカペッロ氏を解任してまで、違約金を支払ってまで彼をマドリーに連れてきたかった理由を証明するに十分なものだったように思う。今回はそれらを2回に渡って紹介します。

「私の頭にこびりついて離れない場所はここだった。私の哲学は最大の要求を満たすことのできる場所にいることだった。私がそれまで率いてきたチームでは、タイトルを求めることは不可能だった。しかし、今、その最大の要求、ただタイトルを獲得するだけではなく、全てを満たした上でのそれに応じることができる。私の考えは、全てのマドリディスタが期待するものと合致する。そのテーマに疑いの余地はない」

かつてここまで自らのアイデンティティ(マドリディスタであること)を明確に示した監督はいただろうか。このドイツ人監督は、素晴らしいフットボールを実行できる選手を選ぶつもりだという。

「選手達は要求されたことを必ず実行できる能力を持っていなければならない。それは常にファンのことも頭の片隅に置いたプレーに専念しなければならないということだ。なぜなら、たとえ、何日かは物事がうまく進まなかったとしても、嬉しそうで幸せそうな人々(マドリディスタ)の姿を見ることは、とても素敵なことだから。

シュスター新監督の言う素敵なサッカーとはなんなのか。この言葉にその一端を垣間見ることができるのではなかろうか。彼はカペッロ氏が採用してきたダブルボランチはベルナベウには戻ってこないという。
「選手一人一人がスペースを見つけ、やりたいプレーを考え、その自由を与える。このことはとても重要だ。そして、私は常に前線の選手の手助けとなり、かつ背後に注意を払えるボランチを好んできた」

かつてシュスター新監督はas氏の取材に「私が理想とする布陣は、DFラインにアルゼンチン人、中盤の底にドイツ人、そして前線にはブラジル人がいるものだ」と語った。これはあくまでも解り易い例に例えたまでだろうが、今のマドリーの現有戦力にはシュスターの理想を形にする選手はいるのだろうか。

つづく