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  • 2007.12.13 Thursday
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グラナダ最後の日

今日でグラナダとはひとまずのお別れ。

それこそ昨日まではなんだか実感が沸かなかったけれど、
色々な人に別れの挨拶をする度、色々な人の笑顔を見る度に、
胸の奥の扉がノックされて・・・。

その土地が好きになるかどうか、もう一度帰ってきたいと思うかどうか、
それは町並みがどうとか雰囲気がどうとかじゃなくて、
そこで出会った人々の笑顔をもう一度見たいと思うかどうかなんじゃないだろうか。

ずっとずっと長い間、夢見ていたスペインでの日々。
今回のスペインでの日々は、その僕の期待をあっという間に飛び越え、
寂しさや空しさといったものとはおよそ無縁の本当に活き活きとしたものだった。

そう数々の素敵な出会いが、そしてなによりサッカーに触れていた瞬間こそが、
僕に生きる喜びを与え続けてくれた。

この世に生を受けたばかりの子供が知っていることは限られているのと同じように、たかだか10ヶ月ちょっとでその土地を、ましてやその国を理解することなんておよそ不可能な話だけど、この10ヶ月は僕にその続きを知りたいと思わせるものだった。

別れの時、彼らは「さよなら」の代わりに「必ず帰って来るんだよ」と僕に告げた。

夢の続きを希望とともに、生きる喜びをもう一度。
6月16日グラナダ最後の夜、いつもと変わらぬ心地よい夜風が吹いている。

P.S.
リーガ・エスパニョーラ最終戦はどこでどの試合を観戦するか、まだ分かりません。
観戦記は帰国後に。

フェリアという名の宴。飲んで食べて踊って。

正午過ぎ、新聞をキオスクで買った帰り、横断歩道を渡っていると、青信号にもかかわらず猛スピードで突っ込んでくる見覚えのある車。運転席にはイタズラっぽい笑顔の大家さんのホセ。

「これから一杯やらねえかい?」因みにこの時、昼の12時。一杯だけならということで、了承し、ホセのガレージの前で待っていると、なぜか車をバイクに乗り換えたホセが。

「え?どこ行くの!?」以前からバイク好きだと聞いてはいたけれど、初めて見るホセのライダー姿は、がっちりずっしりした体格だからか、自転車に乗ってるサーカスのくまさんみたいで可愛らしい。バイクは見るからに年季が入っているBMW、バイクには造詣が深くない僕でもかっこいいと思う。でも、ホセの可愛らしさが上回ってる。

「フェリアに行くんだよ」くま・・・じゃなくて、ホセはヘルメットを渡し、そう言う。

Feria(フェリア)というのは、スペインのアンダルシア州で毎年この時期に開催される春祭り。もともとの起源はは1847年に家畜、馬、農具等が売買される家畜の牧畜市だそうだが、今ではその名残を残しているのは馬車と馬ぐらいで、いわゆるお祭りとなっている。セビージャのそれが最も有名だが、グラナダでも勿論開催されており、月曜日から1週間昼夜問わず開催されている。

35℃を超えるものの湿気のない晴天、スペインでバイクに乗せてもらったのは初めてだったけど、おもわずニンマリしてしまうほど気持ちが良かった。

ホセのちょっとしたガイドとともに走ること約20分。会場に到着。会場にはcaseta(カセタ)と呼ばれる仮設テントが約70ほど軒を連ねていつのだが、なにかというと要はBAR。70を超えるBARがあるとことでやることなんて決まっている。ホセ曰く「ひたすら飲んで食べて踊っての繰り返し」らしい。踊ってというのは、ほとんどのBARには中央に舞台があり、そこではセビジャーナスと呼ばれるフラメンコが踊られるから。

まだまだ人はまばらだけど、正午過ぎだというのに、ホセのいうようにみんな酒を煽っている。僕はホセに連れられて、いくつものカセタをはしごする。行く先々でホセは誰かしらと挨拶を交わし、僕を紹介し、乾杯する。なんでもこのカセタは、一見さんはお断りのよう。知り合いか友人など伝手がないと入れてもらえないらしい。たしかにホセは、闇雲にカセタに入らない。

馬が大好きなホセは会場内にいる馬車や馬を見つけては、僕に事細かに馬の素晴らしさを説明する。買いたいそうだ。値段は約200万程度。スペインでの馬の相場はそれぐらいだそうです。

まさしく宴と呼ぶにふさわしいこの雰囲気を写真に収めたかったが、なにしろ突然のことで時計もお金は勿論、カメラも持ってこなかった。大酒飲みのホセは僕に色々な酒を勧める。時間もわからぬまま、飲み、食べ続けた僕は夕方過ぎに白旗。

途中から、勢いづいたホセのおしゃべりは、相手がスペイン語が稚拙な日本人であることなんてお構いなし。肩をバンバン叩き、ガッハッハと笑い、「ユウキ!飲め!○#%#$”・・・」

ホセを残し、ピソに帰って目が覚めたのは、1時過ぎ。そして現在、25時前。ホセは未だに帰って来ていない。


ピソの愉快な仲間たち〜其の参〜

語学学校だけが決まっている状態で僕はスペインに来ました。当然、住むところは決まっていません。マラガ空港からグラナダまで拙い拙い英語でなんとか辿り着いたものの、スペイン語はおろか右も左も分からない。こともあろうに「危険だよ」と忠告を受けていたアルバイシンの安宿で風雨を凌ぎ、何から何までお世話になっているMさんと合流するのはグラナダに到着してから3日後。

しかし、その3日間は非常に濃密でその時に知り合ったスペイン人とギリシャ人の2人とは今でも仲良くさせてもらっているし、グラナダのバス・ステーションでなんとはなしに言葉を交わし、宿まで紹介してもらった世界一周一人旅の途中で同郷のKさんとは、3日間を共に過ごし、今は東アフリカからとってもユニークで心温まるお便りがくる。

グラナダ到着から3日後、Mさんと合流し、Mさんの彼のJさんの実家でお世話になりながら(改めてありがとうございます)、住むところを一緒に探して頂き、最終的に決めたのは語学学校から紹介され、今も住んでいるところ。

僕が住み始めた当初は、まだ以前紹介したホセもパコもいなくて、大家さんのホセと2人っきり。因みにうちのピソには現在ホセが2人住んでいて僕とパコは大家さんをホセ・グランデ(大ホセ)、学生の方をホセ・ペケーニョ(小ホセ)と呼んでいる。

入居初日、語学学校での手続きを終え、ピソに帰ると、僕の部屋には組み立てるタイプの机が置かれており、大家さんのホセは、身振り手振りを交えて「これはお前の机だから、今から組み立てるぞ」と。

それから2時間、お互いの母国語を理解できない2人はハァハァヒィヒィ言いながら、通常の倍以上の時間と労力を使い、机を完成させました。でも、不思議と言葉は解らなくても、お互いが伝えたいことは解りました。

机を作り終えると、ホセはビールを持ってきて、2人で乾杯。生ハムとチーズが置かれたテーブルを挟んでリビングのソファに座り、ホセは僕の辞書片手の文法もアクセントもなっていないスペイン語を真剣にじっくり聞いてくれ、僕に解るように、そうそれはまるで言葉を覚え始める頃の子供にするように、ゆっくりそして字におこしながら話してくれました。ビールが何杯目かのワインに代わった頃には、2人とも笑ってばかり。

あの日から今まで、ホセは誰よりも僕を気にかけてくれ、スペインのいろんなこと、歴史も文化も料理も教えてくれています。

僕が4日粘ったカレーを節約ということで食し、案の定、お腹を壊した時、ホセは親身になってくれて薬を飲ませ、部屋で寝ている僕にそれこそ10分おきに「大丈夫か?大丈夫なのか?」と何度も声をかけてくれました。同居人で学生のパコとホセも「苦しくなったらいつでも言ってくれよ」と。

なかなか眠りにつけないほどの絶え間ない優しさと、胃薬ではなく、胃に溜まったガスを出す薬をくれ、お腹の中で鳴った今まで聞いたことのないほどのすさまじい音も今では良い思い出。

ホセの喋る早口で訛りが強いスペイン語は、今でも強敵だし、その身体が心配になるほど昼まっからビールもタバコもたくさん呑むけれど、豪快な笑顔とふらっと見せる優しさ、なにより僕に向ける眼差しはどこか懐かしさを感じさせます。父親のそれと同じなんです。

ホセ(写真左がホセです)

そんないつも豪快なホセだけど、唯一、ラーメンを箸で食べさせた時は、柄にもなく恥ずかしがり、照れに照れてました。この箸も買いに行ったとき、「俺の分も買わないとな」と言いながら自分用に買ったやつです。

「俺はユウキのスペインでの父親だ」と言ってくれるホセの話は、今日のところはここまで。

闘牛〜真実の瞬間〜(後編)

銛打ちの場(TERCIO DE BANDERILLAS) の次はついに真打ち登場。ムレタ(MULETA)と呼ばれるあの赤いフランネルの布と剣を持った闘牛士(TORERO DE MATADOR)の登場。

闘牛士は自分の一頭目のTOROの死を、形式的に必ず主催者(PRESIDENTE)に捧げる。モンテラ と呼ばれる闘牛士帽を高々と掲げ、“CON SU PERMISO” 貴方の許可をと。

許可を得た闘牛士は闘牛場の中央へ歩を進め、闘牛帽子を投げ捨てる。

ムレタ技の場

闘牛の基本は「ムレタを使って、闘牛を闘牛の行きたくない方向に、スピードを調整しながら行かせること」。牛が闘牛場に姿を現した時から見極めてきたその牛の能力や癖を判断し、ムレタを使い演技を行なう。

ムレタ技の場02

ムレタ技の場03

ムレタ技の場04

一見、簡単そうに映ってしまうその演技は、その実、牛との距離感、連続性、そして何より闘牛士の足が重要視される。牛が突進してきたときに闘牛士の足が微動だにしなければしないほど美しいとされている。

そういった中で闘牛士は己の感性を発揮しなければならない。個人的にお勧めはグラナダ生まれグラナダ育ちの“エル・ファンディ”という闘牛士。この闘牛士の演技はまさに魅せるため、楽しませるためのもの。素人目にも牛を自由自在に操り、かつ観客の目を意識しているのが見て取れる。

グラナダの人たちはこの“エル・ファンディ”を誇りにし、自慢する。“エル・ファンディ”が演技している時、周りのスペイン人は口を揃えて「いいか。やつから目を離すなよ」「見ろ!見ろ!見ろ!すごく美しいだろ?やつこそがナンバーワンだ」としつこく絡んできた。「今日観た中でどの闘牛士が一番だい?」と訊かれ、「そりゃあ“エル・ファンディ”でしょ」と応えると、「だよな〜」と言わんばかりにニヤ〜ッと笑う。

ムレタ技の場05

ムレタの演技が終わり、闘牛士がそれまで持っていたアルミニウムか木の剣を真剣に持ち替えると、“真実の瞬間(LA HORA DE LA VERDAD)”と呼ばれる牛に死を与える厳粛な時間がやってくる。闘牛のクライマックスだ。

ムレタを使い、闘牛士は牛を殺しに入る位置を決める。闘牛の前足をそろえさせて、殺しの準備をする。

真実の瞬間

右手で剣を構え、左手でムレタを使い、TOROの首の後ろの隆起部の中心に剣を45度の角度で突き刺し、心臓近くの大動脈、大静脈を切る。

自分が刺されるか、相手が刺されるかの真実の瞬間(LA HORA DE LA VERDAD)。客席からは「シーッ」という静寂を誘う音がどこからともなく鳴り始める。

真実の瞬間02

真実の瞬間03

パーフェクトに決まると、剣は本当にスーッと入っていき、TOROは数秒後、もんどりうって倒れる。

最高の死は、TOROが一瞬にして倒れ、TOROの両足が天を向くのが良いとされているが、美しい死はそう簡単に与えられない。もし肺に剣が刺されると、TOROは口から苦しそうに血を吐き死んでいく。

そして失敗し続けると何回も刺すことになり、その光景は美しさとはかけ離れ、なぶり殺しの感があり、ともすれば残酷に映り、一気に"ブーイング"を誘う。

さらに剣は刺したが、闘牛に致命傷を与えられない場合は、十字剣(DESCABELLO, CRUCETA)で急所(延髄) を刺して殺す。

その後

美しい死が訪れた時、闘牛場は歓喜の渦に包まれ、そして白いハンカチが舞う。

白いハンカチ

この白いハンカチは主催者にその演技が素晴らしかったということをアピールし、その闘牛士に対する褒美として殺した牛の耳を要求する。そのハンカチの数が多いと判断されれば、主催者は白いハンカチを一枚出して、闘牛の耳を一枚切って闘牛士に与えるよう指示する。それでもまだ観客がハンカチを打ち振って、もう一枚の闘牛の耳を要求している場合は、主催者長の判断によってもう一回ハンカチを出す。昔は闘牛の足まで切り取ったりしていたそうだが、現在では闘牛の尾(RABO)までが最高の褒美とされている。

その後02

この獲得した耳の数が、闘牛士のランク付けにかなり影響してくる。牛の耳の数がその闘牛士の地位と富と名声に大きくかかわってくるのだが、それは闘牛がサッカーや野球のようにはっきりとした結果を争うものではなく、フィギュアスケートのようにその芸術性を争うものだからだ。

耳を受け取った闘牛士は場内を一周し、観客に感謝の意を表する。このとき、客席からは花束や帽子などさまざまな物が投げ込まれる。

終了

さて、殺された闘牛は、Mulillas(騾馬)によって、場外へ運び去られる。

その後03

一級、二級の闘牛場の場合には、闘牛の解体所が設置されており、その場で解体され、保健所管理のもとにマ−ケット、肉屋に持っていかれることとなる。       

闘牛がここまで複雑で格式があり、かつ深いものとは思ってもいなかったというのが、実際に目にした感想。特に“真実の瞬間”、これがあるから闘牛は常に議論の的になり、好き嫌いが大きく分かれるのだろう。

事実、知り合いのスペイン人のほとんどは闘牛を嫌っている。理由は言わずもがな。しかし、物事の一面性だけを見るだけでは、そして実際に自分の目で見ないことには、真実は見えやしない。

スペインの闘牛は廃れずに何百年と続いてきたのか?それは闘牛には真実があるからではないだろうか。


闘牛〜光りと影、真実のとき〜(前編)

スペインといえば闘牛(TORO)、闘牛といえばスペインと言っても過言でないほど、スペインでは闘牛が盛ん。

闘牛場

その起源については諸説あり、人間と動物との格闘が行なわれていたローマのコロッセオのそれとする説と、レコンキスタ期のスペインのキリスト教信者が始めた騎馬で野生の牛を槍で突く貴族の狩猟の風習のそれとする説があるという。

もっとも、確かなのは1000年も前に王家や貴族の家の吉事があったとき、宗教儀式、国際儀式などの際には既に行なわれたいたということ。

それから形式は変わり、現在でのそれは庶民たちの娯楽として根付き、春の訪れがくる4月から夏場にかけて毎週のように各地で闘牛は開催される。

闘牛場02

日陰席と日なた席で値段が分かれている客席が埋まると、闘牛にかかわる全ての人間が入場する。闘牛といえば、野蛮なイメージがあるが、起源が王家や貴族の宗教儀式や国際儀式だけあって、実際のそれは非常に形式と礼節を重んじ、ひとつひとつにキッチリとした決まりがある。この入場も出てくる順番から立ち位置まで決まっている。

客席の上段の一部に吹奏楽隊とそれとは別のトランペットとタンバリン奏者がおり、so
れらの演奏が各場面の開始を告げる。

まず露払い騎士が登場し、主催者(PRESIDENTE)に挨拶し(この主催者への挨拶は全場面の開始時に必ず行なわれる)、その日に登場する3人の闘牛士(TORERO)を闘牛場へ招き入れる。その後、闘牛士たちは一度外へ散る。

そして、露払い騎士が牛舎の鍵を受け取り、牛舎係りが扉の鍵を開け、牛が登場してくる(SALIDA DE TORO)。

牛舎

牛舎から解き放たれた牛(雄牛)は、颯爽と闘牛場へ駆け出す。この時点で観客は、もちろん闘牛士たちも、その牛の状態を見極める。ポイントは目や足の状態。闘牛士にいたってはその癖まで見極めるという。

ほとんどの牛が体重が500kg前後。その姿は見るからに筋骨隆々としていて、勇ましい。

しばらくすると槍方(PICADOR)の場の開始が告げられる。槍方というのは馬に乗った槍方が牛の未知の強さを知る為と、力を弱くする為に槍を刺すこと。これが難しく、槍方が刺し過ぎて、闘牛が弱くなり過ぎても、逆に刺さずに強いまま残してもいけない。だからか、この時必ずといっていいほど、客席からブーイングが起こる。

槍方の場

牛は助手に誘導され、馬に突進していく。その攻撃を受ける馬はプロテクター、目隠し、耳栓などをさせられ、出来るだけ無理なく闘牛の攻撃を受けられるようにしてある。

通常2回行なわれる槍方の場が終わると、次は銛打ちの場(TERCIO DE BANDERILLAS) が始まる。

銛

銛は木製円筒型で、色紙を張って装飾され長さは約70CMほどで先端に鉄の銛がついている。

銛打ちの場

この場面は単なる飾り(ADORNO)ではなく、槍方の場面での闘牛の激しい戦の後の"休息の時間"となる。

銛打ちの場02

これを行なうのは助手(SUBALTERNO)の3人。一番、二番、三番と順番があり、第一番助手(BREGA)が 2本ずつ2回、第三番助手が2本を一回、計3回6本の銛を打つことが規定となっている。

銛打ちの場03

突進してくる牛に走っていき、銛を持った両手を振りかぶり刺すのだ。 ここでもベテランや腕の立つもの、そして、闘牛士自ら行なう場合は、ほとんど失敗せず、一発で刺す。

うまく行ったり、中にはわざと牛の前でフェイントをかけたりした場合などは歓声と「オ〜レ〜」という掛け声(合いの手)が上がる。

この時点で既に観客席は牛の話題でもちきり。「この牛はキョロキョロしてばっかでダメだ」や「砂を前足で引掻かいてらぁ。ダメだダメだ」など。

良い牛はキョロキョロもしない、逃げない、前足で砂を引掻かない。

銛打ちの場の次はついに真打ち登場。ムレタ(MULETA)と呼ばれるあの赤いフランネルの布と剣を持った闘牛士(TORERO DE MATADOR)の登場となる。

つづく


スペインでみるMade in Japanの真髄

昨日に続き、『国際コミック展示会inGranada』。

約30店舗ほどあるブースにはとにかくmade in Japanが満載。

フィギュア

フィギュア02

ドラゴンボールのフィギュアはほとんどのブースで堂々としていて、

マリオ

スーパーマリオも

ラムちゃん

そしてなんとラムちゃんも・・・『うる星やつら』か。ちゃんと観たことはないけれど、鬼ごっこ、鬼ごっこ。

もうここまでくるとアッパレです。

マンガも『ブラックジャック』や『タッチ』なんかもありました。

そして、この会場内にはフィギュアばかりじゃなく、等身大のキャラクターたちも数多く目撃しました。

犬夜叉?

ん??なんでしょ。この人・・・

犬夜叉?02

犬夜叉ってことでいいですよね・・・?ポスター物色してますけど。

着物02

ん?

コスプレ02

ん??

猫?

んん??

悟空?

アハハ・・・弱そう・・・。スーパーサイヤ人になっても眼鏡かけてたものな。
この悟空。

コスプレ03

うわっ!?え〜っと、どうしても正面から「写真撮ってもいいですか?」と声をかけられなかった僕は彼らの後ろ姿だけをバシャバシャ撮っていたわけです。

ま、なんとなく恥ずかしいってのもありましたし、なんていうんだろう。好奇心だけで彼らの聖域に入るのは失礼なのかな〜とかって、変に萎縮しちゃいまして。

そんなわけで彼女達も後ろ姿をこっそり撮っていたら、突然クルッと振り返りまして。
思わず「ワッ!」って声が出てしまいました。

でも、その後、彼女達、とってもとっても親切にポージングとってくれましたけど。
よくわからないけど、すごく恥ずかしかったです。はい。

でも、彼らの気持ち理解できるんです。好きなキャラクターのコスチュームを着る気持ち。だって、これって僕がベティスの試合にユニフォーム着てマフラー巻いて試合を観に行くのと同じことでしょ。僕は全身べティスカラーで試合を観に行く時、恥ずかしさなんてこれっぽちもなくて、むしろその時だけでもベティスの一員になれて誇らしいというか。すごく嬉しいですもん。

そういうことですよね。本気になるってこういうことかもしれないですし。

まあ、たしかに“スペイン人が”っていうのは、ものすごく興味深いですけど。

『愛する心に国境はなし』ってことで。

さて、まだまだいろんなブースがあります。

同人展覧会?

ここは素人さんたちの作品を展示しているところ。

孫悟空?

こんな感じでした。でも、皆さん、熱心に見てましたよ。4コマまんがみたいのもありました。あんまり面白くなかったですけど・・・。

食べ物??

見て下さいよ。この色!超人工的な超科学的な色。キャンディーとかアメです。
いや〜食えないって。

カードゲーム熱中

『遊戯王』みたいなカードゲームにも興じてました。

そして!

囲碁

囲碁も!!これは驚きました!!西洋人が囲碁!すごいなぁ・・・。マジで。

アレハンドロから「コンサートがあるぞ」と言われ、行った先では、

カラオケ

これ、素人さんがステージで熱唱してるわけですよ。日本のアニメソングを日本語で。
もう笑うしかないですよ。

因みに、こっちでは「KARAOKE」あります。みんな「KARAOKE」って言ってます。ドイツにもスウェーデンにもスイスにもあって、大流行だそうです。

そして、18時30分。素人さんたちのカラオケ大会のときはガラガラだったコンサート会場は満員になってました。大盛り上がりでした。

日本人女性歌手

大熱唱してました。

日本人女性歌手02

日本人女性歌手03

でも、誰ですか??この女性の人。歌は上手かったし、おそらくなにかのアニメソングを唄ってらっしゃる方だとは思うんですけど。

それにしても、こっちに来て初めて見ました。日本人がスペイン人からキャーキャー言われているところ。とにかくすごい盛り上がりようで。

気づけば2時間弱いました。もう最後の方はなんか気分が悪くなってまして。とにかくすごかったんです。熱気が。

スペインではここ数年、日本のアニメやマンガはブームだそうです。現にアニメはドラえもんにバカボン、おそ松くん、キテレツ大百科、キャプテン翼からクレヨンしんちゃん、コナン、ドラゴンボールにONE PIECEまで。

ドラえもんにいたっては毎日違う放送局で放送してます。スペインオリジナルのアニメは見たことないです。

ここまでくると、もはやブームじゃないんじゃないかな。

同居人のパコもホセも大好きです。というわけで、ささやかながらお土産を買いました。

ホセには

悟空VSべジータ

悟空VSべジータ02

孫悟空VSべジータのフィギュアを。

パコには

ダッシュかっぺい

『ダッシュかっぺい』のマンガを。ちゃんとスペイン語です。パコは大好きらしく、アニメを見てゲラゲラ笑ってます。彼らはアニメやマンガで日本の生活習慣や文化を学んでいますよ。というか、日本人の僕ですら見たことないって。

2人とも予想以上に喜んでました。嘘みたいですけど、ホセは涙ぐんで喜んでくれました。

でも、フィギュアの正規の値段は定かではないけど、マンガは日本の3倍ぐらいの値がしてました。こりゃ、いい商売になりますよ。

いやはや、いい勉強になりました。ものすごく疲れましたけど。







日本のアニメ、マンガ、ゲームの祭典(前編)in Granada〜孫悟空も翼くんも星矢もルフィもNARUTOも大集合〜

先月、ちょくちょく顔を出すBARの店長のアレハンドロから、ある誘いを受けました。

「今週、グラナダで日本のアニメとかマンガのフェスティバルがあるんだけど、一緒に行かないか?」と。

なんだそりゃ。色々、話を聞くもなかなか見えてきません。百聞は一見に如かずということと、ちょっとした恐いもの見たさで行くことに。

そして翌日、アレハンドロの車で会場へ。もう1人メキシコ人も一緒に行く予定だったんですけど、待ち合わせの時間になっても来なかったところ、アレハンドロはさっさと出発。電話してみれば?と言っても「寝てんじゃね?」とだけ。なんともあっさりな・・・。

車中、アレハンドロの大好きなジブリ作品の話題で盛り上がる。お気に入りは『千と千尋の神隠し』、『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』。自宅にある大きなプロジェクターで観ているそう。

そこで聞いてみました。「どうして日本アニメとかマンガが好きなのか?」と。すると、「スペインのマンガとかアニメは全部似たようなものなんだよね。単純だしさ。ほとんど戦争ものとかだし。それにアメリカもそうでしょ?解り易いヒーローものばっかりでしょ?それに比べて日本のは違うでしょ。ストーリーもキャラクターも個性があるし、奥が深いもんね」とのこと。なるほどね。

それから話は誰が最初に日本のアニメやマンガをスペインに持ち込んだかに。
「たしかね、日本に留学?仕事?(記憶曖昧)で行ったスペイン人(名前忘れました)が、最初に持ち込んだんだよ。でもね、お金がないから、日本で売られているものをコピーしてこっちで販売とかしてたんだ」おいおい。それは犯罪じゃないのかい?さすがに今は違うとのこと。

アメリカの事(ほぼ批判)に話が移った頃、会場に到着。

会場

正式名称は『Salon Internacional del Comic de Granada(国際コミック展示場)』

グラナダで開催されるのはこれが初めてじゃないらしいです。

3ユーロ払い、入場券をもらい、いざ会場へ。なんだか言いようのない心境。

会場内に一歩足を踏み入れたその瞬間、怯みそうになりました。その熱気に。言葉で表すのは非常に難しいけれど、こうムンっとくる感じ。とにかくすごいんです。

もうですね、ものすごい奇妙な世界。日本が溢れ、スペイン人がそれに群がる様。

とりあえず一通り、アレハンドロと会場内を見て周ったのですが、それだけでクラクラっときそうでした。熱気にやられて。

露店

壁には

DRAGON BALL Z

デカデカとドラゴンボール!!僕も小学生時代、ドラゴンボールの虜だったひとり。さすがに興奮したし、懐かしかったし、どこか誇らしかったです。自分が書いた作品でもないけど、やっぱり日本のものがあれあけデカデカとあると。

今でもスペインではアニメが放送されています。だけど、こっちのドラゴンボールはいくつかの戦闘シーンがカットされているんだそうです。なんでも子供に悪影響だからとかで。検閲が入ってるんですって。なんだかなぁ。魅力半減でしょ。

やっぱり本気でカメハメ波だせると信じて、実際にやってみるぐらいの子供であってほしいなぁ。経験上。

DRAGON BALL Z02

マンガもこのとおり。

Tシャツ

Tシャツ02

Tシャツも各種、取り揃えております。

聖闘士星矢

ペガサス流星拳!!『聖闘士星矢』も参戦。いや、もう脱帽。

オリベとベンジ(キャプテン翼)

翼く〜〜ん!!『キャプテン翼』はこっちでは『オリベ(翼くん)とベンジ(若林くん)』です。勿論、現在もアニメ放送中。子供なら一度は目にしたことがあるというぐらい大人気です。作者の高橋陽一氏はF.C.バルセロナから招待されてましたからね。

でも、そういえば、同居人のパコが以前こんなことを言っていました。
「有り得ないよ!だって、4週ぐらいずっとドリブルしてるのに、一向に相手ゴールまで辿り着かないんだもん」たしかに。強く同意。改めてこっちで観てみたら、やっぱり有り得ないぐらいずっっとドリブルしてました。

ONE PIECE

現代を代表するマンガ、『ONE PIECE』もあります。

NARUTO

『NARUTO』も顔を揃えています。さすがに世代が違うので、読んだことはないのですが、スペインでは一番人気と言ってもいいほどです。

露店02

露店03

約30ほどの店が軒を連ねているのですが、ぜ〜んぶアニメ、マンガ、フィギュア。そのうちの9割は日本!!

賑わってます

ん?なにかチャイナドレスっぽいのが見えましたか?気のせいじゃないです。

春麗?

ちゃんといましたから。これは『ストリート・ファイト』(ゲーム)の春麗(チュンリー)ってことでいいんですかね??

で、彼女達の視線の先では、ある闘いが繰り広げられてました。

チャンバラ

チャンバラ其の弐

これは・・・チャンバラ・・・ですよね?手作り感満点の刀と盾を手に戦り合ってましたよ。勿論!彼らは真剣です。ギャラリーも真剣に声援を送ってました。とても笑ったりできませんよ!刀がフニャってなっても笑っちゃいけません。いけません・・・。

その横では

wiiもできます

今話題の次世代ゲーム機、『wii』もありました。ちょっとだけアレハンドロとプレー。テニス、ものすごく面白かったです。すごいな。任天堂。

さて、とてもじゃないですけど、一回で紹介できないほど濃いかったので、
明日に続きます。




アルハンブラ宮殿再訪(第2弾)

宮殿の次に訪れたのはアラカサバ(城塞)にある『べラの塔』


アラカサバ

道順に従って進むと、絶景、絶景、また絶景。

カメラを構えない観光客は誰一人としていません。

友人K

友人Kもこのとおり。

一つ目の展望台を過ぎると、次は、

迷路?

迷路が。と、思ってました。実はこれ、武器の倉庫だったところらしいです。でも、迷路に見えません?僕は今でも迷路って思ってます。壁が低いから子供用で。

迷路、もとい武器の倉庫のとなりには、

風呂

お風呂だったところ。え?雨さらし?そりゃ、天気の良い日とかは気持ちよさそうだけど。何で髪とか体を洗ってたんだろうか?それにしても、武器の倉庫の隣ってねぇ。

さぁさぁさぁ、お待たせ。ついにベラの塔のおでましです。

階段を登ると、そこは360度、グラナダを見渡すことが出来る。

サクロモンテ方面

フラメンコとジプシーと洞窟住居が息づくサクロモンテ。

アルバイシン

アラブの香り残るアルバイシン。

グラナダ市街

グラナダ市街

市街


そして、僕が生活しているグラナダの市街地。空は青く、町並みは白く、ゆるやかな空気が流れる。こうして全景を見ると、見方が異なりますね。街中にはゴミひとつないみたいです。現実は・・・言わないでおきます。

さらに、わずかに見えるシエラネバダ山脈

遠くに薄っすら見えるシエラネバダ山脈(僕のカメラの技術が足りないもので、見にくいです。すみません)

近くで見ると、

シエラネバダ山脈

こんなところです。滑りたい!!

武器の倉庫

武器の倉庫も眼下に。

このベラの塔には、鐘があります。説明書きを読む限り、1492年に建てられたもののようです。今では元旦にこの鐘をつくとその2人は幸せになれる、年内に結婚できる、結ばれるという、誰が言ったか知らないが、言われて見れば、たしかにそんな気になりそうな迷信めいたものが有名です。誰かと結ばれたい方、結婚されたい方、是非、一度力の限り「ゴーン」と。

鐘

縁結びの鐘の横には、

連合旗・州旗・国旗・県旗
(左からEU旗、アンダルシア州旗・スペイン国旗・グラナダ県旗)

が風に気持ち良さそうにたなびいています。

いや〜、素晴らしいものを見たら言葉は必要ないといいますが、本当にそうですね。難しいですよ。素晴らしいものを素晴らしいと、言葉で説明するのは。

だから、これでいいんじゃないでしょうか。

真っ赤に燃える

ひたすら、絶景を前にしてカメラを構え、そして、思いを馳せる。
このおじさんなんて感動のあまり、全身、真っっっっっっっっっ赤に変色しちゃってるもの。書いてて意味が分からないな。

とにかく、「グラナダ良いとこ、一度はおいで」とそういうことです。

最後に明日は国王杯、準決勝第2戦、ベティスVSセビージャがあります。今シ−ズン最後のセビージャ・ダービー。3度目の正直で、現地観戦してきます。その後、ちょっと小旅行に出かけるので、観戦記、旅行記は来週に書きます。





2度目の正直?アルハンブラ宮殿再訪

この日は友人Kがグラナダに来た目的でもあるアルハンブラ宮殿へ。実は1度訪れたことはあるんですが、その時は中には入っていません。だから、実質、初めて。今回は入場券も事前に購入しており、問題なく中へ。

「アルハンブラ」とは、アル・ハムラ(الحمراء)すなわち「赤いもの」を意味するとされるが、これについては建築に使われた煉瓦の色であるとか、宮殿が赤い漆喰で覆われていたからなど色々と言われている。スペイン語表記ではAlhambraと綴り、「アランブラ」と発音する。(wikipediaより一部抜粋)

アルハンブラ宮殿

たしかに外壁は赤いレンガ色。

最初に訪れたのはLos Palacios Nazariez(ロス・パラシオス・ナサリオス)という、いわば、アルハンブラ宮殿が大きく拡張された時代でもある、イベリア半島最後のイスラム王国であり、グラナダを首都としたナスル朝(1238年 - 1492年)時代の宮殿。

宮殿へ

きれいに刈り込まれた道や

春の訪れ

植物に疎い日本人の僕にはどうみても桜に見えてしまう、一足早い春の訪れを横目に入り口から歩くこと約10分。

やっと、宮殿入り口へ。しばらくすると出ました出ました。アルハンブラ宮殿のみどころのひとつが。

天井の彫刻

これは天井に施された彫刻。鍾乳石を利用し、蜘蛛の巣がモチーフになっており、柱や壁の彫刻の中には女王が残したメッセージが隠されているらしいです。

天井の彫刻(アップ)

蜘蛛の巣・・・

天井の彫刻(アップ2)

そういわれれば、たしかにそう見える、かな。でも、正直な感想は鳥肌が立ちました。いや、この鳥肌は勿論、感動もありますが、それよりも細かすぎて気持ち悪いというか。友人Kは分かってくれなかったですが、今こうして改めて写真で見ても、やっぱり鳥肌が・・・。

そして、女王が残したメッセージが隠されているらしい柱や壁も、すごい。

柱

柱アップ

やっぱり・・・

柱(アップ)3

気持ちが・・・

壁

壁2

悪いです・・・。ごめんなさい。これらは全て当時の職人の手作業によってつくられた芸術作品だということは分かるのですが、ここまで細かいと。しかも、宮殿内に敷き詰められたタイルは 円、四角形、複数の線を組み合わせて造形され、互いにぴったりと敷き詰めることができる精巧な作りらしいです。

タイル

タイル2

こうしてタイル一つ一つを近くで見ると、

タイル3

タイル4

その技術の凄さが良く分かるのですが、

壁4

引きの画で見ると、やっぱり苦手です。僕がこの時代に生きていても、住めなかっただろうし(色々な意味で)、敵でも侵攻できなかったかもしれません。何よりの敵。王様はどういう趣味してたんだろう?そして、なぜこういったデザインにしたんだろうか?

だけど、柱に描かれた鮮やかなタイルアートは、

タイルアート

タイルアート2

多彩で色鮮やかで、

タイルアート

タイルアート

とても気に入りました。これらは一枚一枚のタイルが全て異なる形、大きさになっており、違う場所にはめ込むことはできず、複数ぴったりと合わさる八角形のタイルとは正反対らしいです。 これらのアートは雨や水を象イメージして描かれているそう。

さて、この宮殿のもうひとつの見所は、ライオンの噴水がある中庭なのですが、この日は工事中のため、見られませんでした。

そのかわり、水鏡と呼ばれるもうひとつの中庭はお目にかかりました。

水鏡

水鏡2

水鏡3

たしかに。水面が鏡になってます。この日は雲がほとんどない快晴だったため、きれいに写ってました。さすがシエラネバダ山脈を水源とし、水の都といわれるグラナダだけあって、ここアルハンブラ宮殿には至る所に池や、小さな水路があります。しかも、水道水が飲めます。

じゃあ、、この池も、きれいなのかというと、そうでもないです。水草や金魚がいて、栄養が豊富で生息地としては最高だろうけど。

金魚

こうして宮殿内を見て周るのに1時間近くは軽くかかりました。最後にアラヤネスの中庭というこれも水鏡が見れる中庭に出て、Los Palacios Nazariez(ロス・パラシオス・ナサリオス)は終わり。

アラヤネスの中庭

え〜っと、アルハンブラ宮殿はとてもとても広大で、とてもじゃないけれど、1回では書ききれないので、何回かに分けて書きます。

ということで、アルハンブラ宮殿探訪、第一弾終わりです。





フラメンコとジャズの融合

PATRIMONIO FLAMENCO

会場のLa Chumbera(ラ・チュンベラ)の収容人員は約400席。それが瞬く間にいっぱい。初めに老紳士がその日の演奏者の説明。この日のメインとなる演奏者はPaburo Ruben(パブロ・ルベン)。彼はフラメンコを音楽学校で学び、その後、もともと好きだったジャズをフラメンコと融合させ、新しい前衛的なジャンルを確立したらしい。現在はマドリーに本拠地を置き、絵画やディスコグラフィーも手がけているとのこと。

フラメンコとジャズ?今までそのどちらのジャンルも深く聴きこんだことのない僕は、全く想像ができなかったが、友人Kはジャズが大好き。彼は大好きなジャズと興味のあったフラメンコとの融合ということで大いに期待している。

サクロモンテはフラメンコが有名。というのも、フラメンコの発展と歴史はジプシーが大きな役割を果たしているらしく、このサクロモンテには、そのジプシーが多く住んでいるから。

構成はキーボードとカンテ(歌い手)、カンテ(歌い手)それにコントラバス、パーカッション(ドラム)。

演奏開始。と、同時にステージ後ろの幕が開き、バックにライトアップされたアルハンブラ宮殿が姿を現す。粋な演出。本当に良いロケーション。

低音のコントラバスのベースに小気味良いパーカッションのリズムに乗ってパブロ・ルベンのキーボードが心地よく踊る。奏でられる音楽はたしかにジャズ。しかし、どこか自由かつ悲しげなな香りを感じさせ、『それでも時は過ぎ行く』という歌の歌詞を聴く人の頭の中で想像する手助けをしてくれるよう。この曲は歌詞やリズムから察するに、フラメンコの種類のひとつであるSolea(ソレア、孤独)と呼ばれるもなのかもしれない。

2曲目はカンテなしのキーボードとパーカッションのみのジャズ。まさしくフリースタイル。ジャズ初心者といってもいい僕には、気軽に入り込める感じ。少しアップテンポで身を委ねやすい。楽しい心地になるのは演奏者の表情から演奏を楽しんでる様が読み取れるからか。

2曲目を終えた時点で館内は拍手喝采。友人Kは「来て良かった」と一言。たしかに。

3曲目は再びカンテ、コントラバスが加わり、『amor(愛)』を。すると、舞台袖からついにBaile(バイレ、踊り手)登場。フラメンコといえば、踊り手のイメージが強いが、最も重要なのはカンテらしい。しかし、それでも、踊り手がいるだけで曲の感じ方が全く異なる。踊り手が踊るその姿を見ているだけで曲の中に惹きこまれるよう。踊り手も女性は若干、痩せ型だが、それでもそこから発散されている熱は十分に感じることが出来る。
熱く燃える愛、故の哀しさを想像させる。

4曲目はキーボードとコントラバスのみ。5曲目はカンテとパーカッションが加わる。どちらもフラメンコというより、ジャズの色が強い。なぜそう感じたかといういと、Palma(パルマ)と呼ばれるフラメンコ独特の手拍子がなかったから。カンテの歌い方もフラメンコのような魂の奥底から唄うといった風ではなく、もっと軽い感じ。

最後の6曲目の前のMCでパブロ・ルベンは「後ろにアルハンブラ宮殿が望めるところで、演奏できるなんて、最高だよ。最後の曲はこのローケーションと、皆さん、そしてこの世の全てに対する感謝を込めて演奏します」と挨拶。

文字通り、喜びと感謝と言う言葉にピッタリのリズム。そして、歌詞。踊り手の踊りも力強さが、その力強さからは哀しみや怒りは感じ取れない。会場を暖かい雰囲気が包み込む。

演奏終了後もアンコールを求める拍手はなかなかやまず、それに応える形で、パブロ・ルベンが即興の踊りを披露。

CUADRO FLAMENCO

友人Kも僕も大満足。これで5ユーロ。あの洞窟住居の男性スタッフに感謝。
でも、ジャズとフラメンコを融合させ、良いものを産み出しているとは思うが、一歩間違えれば中途半端になりかねない危うさも感じもした。それは友人Kも同意見。1+1が2以下になっては融合の意味はないと思う。

ただ、ひとつ残念だったのは開演前の注意事項で「写真撮影はいいですが、ステージ後ろのガラスに反射して、演奏の妨げになるので、フラッシュだけは焚かないで下さい」とアナウンスがあったにもかかわらず、演奏中に何度もフラッシュが焚かれ、その度に気が散ってしまったこと。

というわけで、皆さん、グラナダに訪れる機会がありましたら、是非サクロモンテでフラメンコを堪能してみてはいかがでしょうか。

サクロモンテにあるBARというBARからフラメンコが聴こえて来た帰り道は、それだけで楽しめますし、また来たいと思わせるに十分なエンドロールでした。