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  • 2007.12.13 Thursday
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ACミランVS浦和レッズ、ちょっと残念だったこと

クラブワールドカップ準決勝は、ACミランが左サイドから切り込んだカカからのパスを
セードルフがダイレクトで押し込み浦和レッズを1−0で下し、決勝進出。中盤を支配し続けての1点差での勝利は一見、薄氷のようにも映るが、結局は試合をとおしてACミランの圧勝。その要因はありきたりではあるが、両チームの勝利への気持ちだった。

戦前から選手やクラブ関係者がことあるごとに「優勝する」と口にし続け、その意気込みを裏付けるように大会1週間前から国内リーグ戦を延期してでも大会に備えたミラン。「優勝」よりも「世界のトップレベルと戦える良い機会」という声が多数だった浦和勢。

結局のところ、それこそが試合でのトラップの正確性や危険地帯でのディフェンスの落ち着き、カウンターの精度の違いに繋がったのだろう。

ACLを制して堂々、今大会に出場したのだから浦和はミランと戦えることよりも「優勝」をもっと意識してほしかった。機能の試合でボカ・ジュニオルスに敗れたエトワール・サヘルの選手達は試合後、悔し涙を流していたというのに、試合後のコメントが「いや〜うまかったですね。でも強いチームと戦えて収穫はありました」じゃ、スタンドの大半を埋め尽くし、今にも泣き出しそうなほど声援を送っていた熱心なサポーターたちにちょっと失礼なのではないだろうか。





久しぶりに

しばらくの間、更新してませんでしたが、再開します。
やっぱり、ひとりでも楽しみにしてくれている方がいるというのは励みになります。

内容はこれまでとかわらずサッカー中心で、
もっと文章というものを意識して、解り易く簡潔に。

毎日というわけにはいかないですが、よろしくお願いします。

アントニオ・プエルタ選手、帰らぬ人となる

25日のリーガ・エスパニョーラ第1節、VSヘタフェ戦の最中、突然意識を失ったセヴィージャC.Fのアントニオ・プエルタ選手が28日火曜日、午後2時30分、入院先のビルヘン・デル・ロシオ病院で亡くなりました。享年22歳。

プエルタはヘタフェ戦の前半27分、ピッチを歩いていた途中に突然、意識を失いました。その後、一時は意識を取り戻し自力で歩いてベンチに下がりましたが、ロッカールームで再び失神。そのまま病院に運ばれました。入院中も5度も心停止に陥るなど、不安定な状態は続き、60時間後、ついに帰らぬ人となってしまいました。

昨シーズン、レアル・マドリーやFCバルセロナ相手にダニエウ・アウベスとともにガンガン飛び出し、切れ込んでいくプエルタの姿を何度も目にしました。そのプレーぶりに、セヴィージャC.Fのライバルクラブであるベティスファンの僕は、正直、憎々しく思っていました。だって、それほどキレキレだったんですから。

そんなプレーの影でプエルタは、以前から不整脈の気があったようです。練習中にも気を失ったことはあったとも報じられています。不整脈は文字通り、脈の速度が不安定で、速くなったり遅くなったりするそう。その結果、心臓などに負担が掛かってしまう。実際、プエルタの直接の死亡原因は「心停止による脳障害、多臓器不全」でした。

自分で脈をとってみればすぐにわかるほど、不整脈はもっとも発見しやすい病気だそう。さらにプエルタは以前にも気を失うなどの兆候はありました。かといって、いつも危険な状態というわけではなく、突然、意識を失ったりするようです。チームメイトのアンドレアス・ヒンケルも「試合中は、これといってプエルタに異変があるようには見えなかった」と語っています。

だとするならば、なぜチームドクターは、彼にストップをかけなかったのでしょうか。セヴィージャC.Fのデル・ニード会長は「ダイヤモンドの左足を失った」とそう悲しみを表しましたが、失わなくて済む方法はなかったのでしょうか。

セヴィージャの街は、スペインは今、悲しみに暮れています。あれだけ普段はお互い目の上のたんこぶといわんばかりに、セヴィージャC.Fのファンといがみ合っているベティス
のファン達も病院にかけつけたり、人文字を作ってプエルタを励ましました。そんな彼等を今、同じ深い悲しみが覆っています。

“たら”“れば”を言い出せばキリがありませんが、「もしも」と思わずにはいられません。

22歳という若さでこの世を去ったセヴィージャC.F、MFアントニオ・プエルタ選手に哀悼の意とともに、合掌。


リーガ・エスパニョーラ07/08シーズン開幕!!

リーガ・エスパニョーラの新シーズンが開幕した。昨シーズン優勝したレアル・マドリー
はアトレティコ・マドリーとのダービーに競り勝った一方、アンリやG・ミリート等を獲得したFCバルセロナはラシン・サンタンデールと引き分け、ヴァレンシアに至ってはヴィジャレアルに完全に足元を掬われ、0−3の完敗。

マドリーは決してシュスター監督が公約したようなフットボールは披露できなかった様だが、そんな中でも勝ち切れたことはバルサやヴァレンシアの結果を見れば、その意味、価値は大きいだろう。

そんな中、レアル・ベティス・バロンピエは、アウェイでレクレアティーボ・ウェルバと対戦。昨シーズンはホームで粘り強く勝ちをものにしてきたレクレアティーボ相手に新生ベティスの戦いぶりはいかに。

結果は前半に1点ずつを取り合い、1−1の引き分け。残念ながら試合の方は観ることができないのだが、試合後のベティス、クーペル監督のコメントを読む限り、どうも散々だったよう。

「我々に勝利は見えていた。しかし、結果はごらんのとおり。引き分けでなんか終わりたくはなかったが、レクレアティーボが引き分けにしたのさ。特に前半の彼等はとても良かった。反対に我々はといえば、可もなく不可もなくといったところだ。とりわけ前半は多くの問題を抱えながらプレーしていた。信じられないミスも多かった。相手が好調だっただけに、引き分けは運が良かったよ。後半も似たり寄ったりさ」(エクトル・クーペル監督試合後談)

指揮官のコメントがこれでは期待しようにもできないというのが、ファンとしての本音だろう。常に冷静に、ともすれば冷たいコメントを発するクーペル監督らしいといえばらしいのだが、開幕戦ぐらい威勢の良いコメントを発してほしいものである。それがたとえ虚勢だとしてもだ。

プレシーズン中、大幅な改革を施したクーペル体制下、おそらく今季は結果でしか物を言えないシーズンとなるだろう。そう考えると、開幕戦しかもアウェイで勝ち点1を持ち帰れたのだから、悪くはない。悪くはないが、それでベティスの魂は納得するのだろうか。

“Manque pierde(たとえ敗れようともベティスだけを愛する)”とはどういうことか、クーペル監督よ、是非、頭の片隅に置いておいてほしい。

最後に25日の試合中に突然、意識を失い、なおも重体で危険な状態の続くセヴィージャMFプエルタ選手の早期回復を心から祈ります。

少年サッカーに会いにゆく

26日、晴天。この日は鹿児島市内と桜島を結ぶフェリーに乗って、原点回帰の旅へ。

桜島フェリー

フェリーで15分も揺られれば、イルカも生息している錦江湾を横断してすぐ桜島に着く。歌手の長渕剛も魂を震わせた鹿児島のシンボル、桜島を望むスポットは数あれど、個人的にお気に入りは、このフェリーからの眺望。

桜島

遠近様々なポイントで桜島と相対することができるスポットは他にない。フェリーが桜島方面に進むにつれ、どんどんどんどん桜島が迫ってくる様は、なかなかに素晴らしい。

桜島港に着き、目的地へ向うわずか10分ほどの道中で、すでに滴るほどの汗。気温の高さだけじゃない。きっと活火山のすぐ麓を歩いているからだろうか、暑さ(熱さ)が尋常じゃない。

ほどなくして目的地へ。すでに背中はじっとりと冷たい。心底疎ましく感じる。だけどサッカーボールを追いかける子供たちのそれは、情熱の証。

ちびっ子サッカー

固まった溶岩がそこかしこにある広い広い、その名も桜島溶岩グラウンド。鹿児島県で規模も称号も最も大きい『南日本ちびっ子サッカー』は10数年経った今も変わっていなかった。

ちびっ子サッカー04

真っ黒に日焼けした子供たちが一回り大きいユニフォームに身を包み、ボールを置いかける。

親御さんたち

試合中、ライン際にずらりと陣取り、悲鳴にもにた声援を送るその姿は、子供たちよりも真剣。ライン際、総監督状態。そりゃそうだ。休日だというのに朝早くから弁当作って、桜島まで子供たちを送り、テントを張り、水の準備、シュート練習ともなれば、ボール拾い。それもこれも我が子のため。

ちびっ子サッカー03

それがプロだろうと小学生だろうと、大会は大会。勝ち負けは必ずついてくる。この日は決勝トーナメントの1,2回戦が行なわれたのだが、20分ハーフの試合では40分おきに歓喜と悲哀が訪れる。

ちびっ子サッカー02

試合が終われば、勝っても負けても、必ず相手チームのベンチと自チームもベンチに挨拶をする。そして、最後に親御さんに挨拶をする。

変わっていない。10数年前、どんなに汗をかこうともこれっぽちも疎ましくなく、同じように真っ黒になりながらボールを追いかけていたあの頃とほとんど変わっていない。

目の前の子供たちを見ていると、胸の奥に刻み込まれた僕の原点がふつふつと蘇ってきた。<後編へつづく>






クラブを心底愛したFKの名手、去る。

出会いがあれば、別れがあるのは世の常。それはスポーツの世界でも変わらない。

21日、ベティスのブラジル人MFマルコス・アスンソン(31)は5年間在籍した同クラブから去ることとなった。

僕が初めて生でベティスの試合を観た時、誰よりも真っ先にその姿を探したのがマルコス・アスンソンだった。ベティスにやってくる前、イタリアはセリエAのASローマでプレーしていたアスンソンはどちらかというと地味で黒子的な存在だった。それがベティスに移籍した途端、彼は変わった。『自分が試合を創る楽しみ』を存分に味わっているかのように見るからに堂々となった。そんな彼の姿は、驚くほどの安値で売り払った前在籍クラブの首脳陣を溜飲を下げるに十分だった。

彼の最大にして最高の武器はFK。ベッカムもすごいけど、ロベルト・カルロスもすごいけど、彼だってすごい。調子の良いときなんか、あのCMでのロナウジーニョのプレーを試合でやっちゃう(つまり、FKを3本ともクロスバーに当ててしまった)ほど。

僕はそのFKと堂々としたプレーぶり、そしてベティコたちからも愛されていた温和で人懐っこい笑顔に惚れていたのだ。

その魅力抜群のFKも昨シーズンは、美しい弧を描けなかった。笑顔もほとんど見られなかった。

彼らが生きている世界は完全実力主義。クラブから必要とみなされなければ、すぐに売りに出される。アスンソンは、新監督のクーペルから戦力外通告を受けた。

彼は言う。「僕がサッカーをやめても、年に1回か2回はセビージャに訪れるだろうね。だって僕はベティスの大ファンなんだからね」と。それはつまり「人生で最高の時間」をセビージャで過ごしたと思っているということ。「ベティスとの契約は切れてしまったけれど、大したことじゃない。だって僕はこのベティスを愛しているんだから」

最後にファンやクラブ関係者、そしてモチベーションを与えてくれたとして記者にも感謝の気持ちを述べ、新天地であるUAE(アラブ首長国連邦)のアル・アヒリに旅立つ。

あの滅多なことじゃ選手を評価しないへそ曲がりな大株主マヌエル・ルイス・デ・ロペラ氏が引退後のアスンソンにクラブのポストを用意しているという、そのことがなによりマルコス・アスンソンのベティスでの5年間を物語っているのではないだろうか。

横綱朝青龍はそんなに悪くない!

相撲は日本の国技であるらしい。国技の定義はその国固有の武術、スポーツであること。しかもその歴史は古墳時代まで遡るのだから、たしかに相撲は日本の国技といえる。

その国技が今、揺れている。

横綱、朝青龍が腰の骨の疲労骨折により全治6週間と診断されたのが7月25日。同日、モンゴルでサッカーをしていることがテレビで放送された。2日後の7月27日、日本相撲協会が緊急会議を開き、夏巡業を全休させる決定を下す。同協会巡業部大島部長は「半永久的に巡業に来なくて結構」というコメントを発表。8月1日には一連の騒動に対して日本相撲協会が、九月場所・十一月場所への出場停止、また、十一月場所千秋楽までの謹慎、および30%の減俸(4ヶ月間)の処分を下したことを発表。

それから今日に至るまで朝青龍に対する様々な報道、意見、見解、憶測はとどまることがない。朝青龍がこんなにも非難を浴びているのは、怪我を理由に巡業を回避したにもかかわらず、元気にサッカーをしていたから。

「怪我を理由に巡業を回避したのに、サッカーなんて不謹慎な!」たしかに。

だが、ちょっと待ってほしい。これまでも何人もの横綱が巡業には参加していない。怪我もしていない力士も何人もいた。その彼らにお咎めはあったか。朝青龍は7月31日に朝青龍は再検査を行い、入院の必要が無いことが判明している。

「骨折しているのに、サッカーできちゃうなんて、さすが横綱!」と考えるのは不謹慎だろうか。巡業全休ではなくて「サッカーできるんなら、とっとと巡業出やがれ!」というのは、おかしいのだろうか。

2場所出場停止、11月場所も謹慎という罰は果たして適当だろうか。7月30日に帰国し高砂親方と共に謝罪。7月31日には、在日モンゴル大使館も謝罪する手紙を日本相撲協会に送っているにもかかわらず、相撲協会は、何を基準に決めたのかよく解らない罰を与えた。

結果、朝青龍は心身共に疲弊しきってしまった。報道されるその姿から横綱のあるべき姿は見る影もない。朝青龍がそんなに落ち込んでいるのは、罪の意識に苛まれ、そして、なにより未来を光を奪われたからではないのか。

2場所出場停止は事実上の引退勧告と同義と考えることは、なにもおかしなことではない。

これまで数多くの横綱らしからぬやんちゃを繰り返してきたことへの我慢の限界だったのだろう。

ちょっと考えてみてほしい。ここ数年の相撲を盛り上げ、そして守ってきたのは誰か。やんちゃの数以上の貢献をしてきたのは誰か。なにより、そのやんちゃぶりを「負けん気と向上心」と高く評価したのは一体どこの誰か。

相撲協会及び高砂親方に全く非はないのか。自らの体調よりも記者会見を優先させようとする人たちに誰が心を開けるというのか。記者会見を開いてくれないことに憤慨するよりもすることはあるだろうに。

相撲協会の皆さん、大記録が破られることの何が悪い。それが日本人じゃなくて何が悪い。そんなものはナショナリズムでもなんでもない。

これまで引っ張ってきたのは、誰がなんと言おうと朝青龍。強くて個性があって、観ているものを魅了する立派な横綱。

このまま『平成の大横綱』と呼ばれた強くてやんちゃで純心無垢な26歳の青年が、沈んでいくのなら、あまりにも寂しい。それが国技のあるべき姿か。それが頂点を極めた男への正しい対応の仕方か。

クラブチームと代表での活き方、活かし方。

Jリーグも再開された土曜日、ジェフ千葉VS川崎フロンターレの一戦を諸事情により前半だけ観戦。

あくまでテレビ越しだから実際のところは解りかねるけれど、スタジアムの雰囲気は文句ナシ。客席はほぼ黄色で満たされ、リーグ戦再開後の初戦、待ちに待った感、十分。これでこそホーム&アウェイの意味があるというもの。

オシム監督がなぜリーグ戦で下位に低迷するジェフから5人も代表に召集するのか。それはジェフのサッカーが日本代表のそれとそっくりだから。

ボールも人もよく走りよく動く。おまけに正確性は抜きにして、ゴールへの飢えを感じさせるその姿勢は、日本代表の欠点を洗い出すよう。オシム監督が羽生を切り札として使いたかった理由がよくわかった。アクセル全開の獰猛さは途中交代でこそ活きるのではないか。

誰よりも目立ち、誰よりも活き活きしていたのは川崎の中村憲剛。ボールを追い、カットし、パスをちらして展開し、ペナルティエリアまで駆け上がり自ら仕上げようとする。CKも任されている。体格よりも一回り大きいユニフォームも全然頼りなく見えず、表情も自分が中心であることの自覚たっぷり。キャプテンマークは巻かれるべくして巻かれたもの。

青いユニフォームに身を包んだ彼の姿は偽りの姿に違いない。王様は何から何まで自らの力を発揮できる権力を持ち合わせてこそ。

思うに今の日本代表は王様が多いんじゃないか。

「船頭多くして、船、山に登る」のだ。

田舎へ行こう

久しぶりに帰った生まれ故郷、そこはすっかりその形を変えていました。

生活用水が流れ込んでいることなどお構いなしに潜り、魚を獲っていた川は人工的なせせらぎをたたえるようになっていました。おたまじゃくし獲り放題だった田んぼは野草が生い茂り、通学路だったあぜ道は跡形もありません。

あれだけ緑色がいっぱいだったところは、コンクリートのくすんだ灰色ばかりになっていました。

幼少の頃、あれだけ「田舎だなぁ」と疎んでいたのに、今では懐かしむことすらできません。

変化は世の常。

母の実家は宮崎県のとある町。

ふるさと

大きな河では鮎釣りが解禁されていました。

ふるさと

ふるさと

ふるさと03

河を渡す一本橋、夜になると街灯にありとあらゆる昆虫が酔っていました。

ふるさと05

奥に見える山々は、『日本一星の見える町百選』や『湧水百選』にも選ばれ、移住者が後を絶たないところ。

ふるさと

そして母の実家は相変わらず、その色だけで夏を知らせてくれました。持て余すほどのカブトムシを追いかけたあの頃とほとんど変わっていません。

あれだけ疎んだ場所は、とてもとても素敵なところに思えました。

変わっていくものと変わらないもの。その境界線は一体なんなのでしょう。

ベティスを生かすも殺すもクーペル監督次第

我が愛するベティスが変わっていく。

今シーズンから就任したエクトル・クーペル監督は、今キャンプ中にどんどん戦力外選手をリストアップしているという。

現時点でリヴェラ、ミゲル・アンヘル、マルコス・アスンサオ、レンボ、シスコ、マルドナード、フェルナンド。レンボ以外、昨シーズンまでレギュラーを張っていた選手ばかりだ。

クーペル監督はさらなる補強を(レオン会長ではなく)大株主のロペラ氏に要求したところ、ロペラ氏は「ならば、その分の放出選手をリストアップするんだ」と返したという。結果、クーペル監督は上記の7人の選手に見切りをつけた。

たしかに昨シーズンのベティスの戦績は結果、内容ともに散々なものだった。おまけに同じ街の目の上のたんこぶセビージャはUEFAカップ&国王杯を制覇し、CLの出場権まで獲得となれば、大胆かつ劇的な改革はクラブにとって必要であろう。それはベティコたちも望んでいる。

マジョルカ時代、インテル時代のクーペル監督はリアリストで結果重視、血も涙もないその手腕は何度となく選手との確執を生んだ。

はっきり言って、僕はクーペル監督は好きではない。そんな監督が愛するクラブを率いることになり、好きだった選手をどんどんクビにする。

今シーズン、ベティスは全く違うクラブになっていることだろう。クーペル監督いうところの「勝者のメンタリティを植え付けた」クラブに。今のベティスに必要なものは『勝利』。それは解ってはいる。

だけど、愛するクラブの好きだった頃の姿がすっかり変わってしまうのはやっぱり寂しいのだ。マルコス・アスンサオの必殺FKやリベラの底なしのスタミナはもう見られない。

クーペル監督、頼むぞ。いくらキャンプとはいえ、2部Bのクラブに負けていては勝者のメンタリティもへったくれもないぞ。